高校3年生ながら母親の看病を続ける息子と、難病を抱えながら息子を想うシングルマザーの姿を描いた映画『90メートル』が、3月27日より公開されます。在宅介護のリアルな現場も描かれている作品です。制作の背景や映画に込めた想い、医療・福祉に従事する方や求職者の方へのメッセージなど、中川駿監督にお話を伺いました。
当事者取材から見えた、家族介護の姿
本作の主人公は、高校3年生の藤村佑(たすく)と、その母・美咲。佑を山時聡真さん、美咲を菅野美穂さんが演じています。美咲が難病を患ったことをきっかけに、母子家庭で育った佑は、それまで打ち込んできたバスケットボールを辞め、母の世話を優先するようになります。
©2026 映画『90メートル』製作委員会
同級生が高校生活を謳歌する中、美咲のケアや家事に追われる佑。時には、親子のコミュニケーションがなかなかうまくいかない場面も描かれます。こうしたシーンは、当事者への取材から生まれたそうです。どのような「現場の声」が、監督のヒントになったのでしょうか。
中川監督:映画の制作前に、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の当事者の方や、日本ALS協会の方にインタビューさせていただいたのですが、その中で共通して出てきたお話がありました。患者側は、ALSの症状によって滑舌が鈍くなり、ゆっくりでないと話せなくなっていく。一方で、介護する家族側は日々のフラストレーションやイライラがあって、最後までなかなか話を聞かないことがある。それで衝突するのが「家族内介護あるある」なのだと。ヘルパー(訪問介護員)さんであれば、最後までちゃんと聞いてから動いてくれるのに、家族ゆえにどうしても雑な対応になってしまうんだと、みなさんおっしゃっていました。
ただ印象的だったのが、そのエピソードをみなさんが悲観的に話すのではなく、冗談交じりに笑顔で話されていたことです。「うちの家族は全然聞いてくれないの。本当にあの人はダメなのよ」と、愛着を持って語られていた。家族だからこその難しさがある一方で、それが家族関係の信頼や絆を改めて感じさせるきっかけになっている。家族内介護の象徴のような気がして、とても印象に残りました。
看病の日々を送る佑は、自分の夢や希望を諦めかけているかのようです。周りの人やヘルパーさんに助けを求めることができず、手を差し伸べられても素直に応じられない……。そんな繊細な感情が表現されていますが、「ヤングケアラー」である佑の心理を、監督はどう捉えていたのでしょう。
中川監督:助けを求められない心理には、大きく二つの要因があると考えています。一つは日本社会の価値観です。「家族の面倒は家族が見て然るべきだ」「人の手はできるだけ借りないほうがいい」といった考えがいまだ根強く、人に「助けて」と言いづらい環境や雰囲気があるのではないかと思います。
もう一つは、主人公の佑が思春期だということです。成長とともに周りが見えるようになり、自分の家庭と他人の家庭を見比べてしまう時期ですよね。他と比べて自分の家庭にできていないことがあるとコンプレックスを感じやすい年代だからこそ、余計に「助けて」と言いづらい状況にあるのだと思います。
そんな思春期の渦中にある主人公を描くにあたり、監督が特別に意識したこととは。
中川監督:僕自身、高校時代は心配性な母に対してすごく反発していました。今となっては愛ゆえだとわかるのですが、当時は、心配されればされるほど「そんなに僕って信用がないのかな」と思ってしまい、反発の原因になっていました。
当時の自分に対して、反省もあります。ただ、思春期の息子と母親の関係性は、起きている事象を素直に受け止められず関係をこじらせてしまうなど、一筋縄ではいかないものなのかなと。そうした思春期の状況下で母の介護をしなければならない難しさと、だからこそ際立つ母と息子の不器用な愛情を描きたいと思いました。
「家族になってはいけない」西野七瀬さん演じるケアマネジャー
そんな中で佑と美咲をサポートするのが、美咲が利用する介護施設のケアマネジャー・下村香織(西野七瀬さん)です。西野さんは、ケアマネジャーならではの利用者との距離感を絶妙な塩梅で演じています。
©2026 映画『90メートル』製作委員会
監督が演出時に伝えたことはありましたか?
中川監督:実際のケアマネジャーさんに取材をして伺った「仕事に対するプライド」を西野さんにもお伝えしました。それは「家族のように親身になって向き合わなければならないけれども、家族になってはいけない」ということです。
家族になってしまうと、利用者さんが選択を迫られた時に、想いがこもりすぎるあまり、悪く言えば強要や誘導が入ってしまう。あくまで選択するのは利用者さん個人であり、プロフェッショナルとしてその選択に踏み込んではいけないという線引きをされている。取材で伝えていただいたそのプロ意識は、僕から西野さんにも共有し、お芝居の中での距離感にはすごくこだわりました。
美咲と佑は、母親と息子でありながら患者と介助者でもあります。時には、なかなか答えの出ない問いに揺れる場面も。
©2026 映画『90メートル』製作委員会
その「正解のなさ」に寄り添う本作の姿勢は、日々現場で働く医療・福祉に従事する方にとっても非常にリアルに映るのではないでしょうか。監督がもっとも「安易に単純化したくない」と考えた感情は何だったのでしょう。
中川監督:物語の中盤、佑と美咲は「美咲の24時間体制のケアが整った」と、ケアマネジャーの下村から告げられます。ただ、環境が整ったからといって簡単に割り切りがつくわけではありません。以前、ALSを患うシングルマザーと高校生の息子さんを追ったドキュメンタリー番組を見た際、ケアマネジャーさんが息子さんに「『僕が近くにいないといけない』と思わなくてもいい環境を作るのが、私たちの仕事」と声をかけていました。
その通りだと思う一方で、実際に母を介護した身からすると、「面倒は見るから自由に人生を歩んでいいよ」と言われても、素直になれない自分がいるんです。「家族なのに本当に、人に任せていいのかな」と思うことこそが、ヤングケアラー問題の核心だと感じ、そこを描こうと思いました。物理的に介護の責務から解放されれば自由になれるという単純な話ではなく、もっと深いところにある複雑な心情にフォーカスしました。
介護職は「人間力」が求められる仕事
中川監督ご自身が、数年前にお母様の看病と別れを経験されていることも、この物語には大きく影響したといいます。そんな中川監督にとって、ケアマネジャーやヘルパーといった仕事はどのような存在なのでしょうか。
中川監督:終末期を迎えた母を自宅で介護することになった時、どうやって体制や生活環境を整えればいいのか、家族だけでは何が必要かもわかりませんでした。そんな中でケアマネジャーさんに多分にお力を借り、生活を整えていただいたことで、本当に救われました。僕にとってヒーローのような存在で、感謝してもしきれません。
最後に、医療・福祉に従事する方や求職者である読者のみなさんに向けて、本作の見どころを伺いました。
中川監督:自分が家族を介護したときに助けられたからこそ、介護に関わる職に就かれている方は、本当に素晴らしいお仕事をされていると思います。専門知識を備えた上で、利用者さんに対してしっかり愛情を持って接する「人間力」がないとできない、大変で素敵な仕事です。お世話になったみなさんに、映画を通じて感謝の気持ちを伝えたいという想いがあります。
また、訪問介護の現場は家庭というクローズドな環境で行われるため、一般の方にそのやりがいや誇りを知ってもらう機会が、なかなかないのではと思っています。この親子を描いた作品が、介護職を目指す方の背中を押すものになってほしいです。同時に、広く一般の方にもケアマネジャーさんやヘルパーさんのお仕事の素晴らしさを知っていただく機会になればと願っています。
【プロフィール】
中川駿
1987年5月13日生まれ、石川県出身。自主制作した短編映画『カランコエの花』(16)はレインボー・リール東京~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~でグランプリを受賞したほか、国内の映画祭を席巻。現在でも多くの企業や教育機関研修等でLGBTQの理解促進の教材として貢献している。直木賞作家・朝井リョウ原作の『少女は卒業しない』(23)にて商業映画デビューし、住野よる原作の『か「」く「」し「」ご「」と「』(25)を経て、本作が商業映画として自身初のオリジナル作品となる。
【作品情報】
3月27日(金)全国公開 映画『90メートル』
山時聡真 菅野美穂 西野七瀬 南琴奈 田中偉登
監督・脚本:中川駿
主題歌:大森元貴「0.2mm」(ユニバーサル ミュージック / EMI Records)
製作:映画「90メートル」製作委員会 製作プロダクション:ダブ
配給:クロックワークス
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
©2026映画『90メートル』製作委員会
公式 HP:movie90m.com 公式 X:@movie90m
記事クレジット
取材・文/塚田智恵美 撮影/長谷川直紀
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執筆者:塚田 智恵美(つかだ ちえみ)
1988年、神奈川県横須賀生まれ。大学卒業後、教育系出版社に入社し、編集者として勤務。2016年フリーランスの編集者・インタビューライターに。現在は教育業界に限らず、幅広く人物インタビューと執筆を行う。