3月30日から放送を開始したNHK連続テレビ小説『風、薫る』。明治時代に看護師の道を切り拓いた、一ノ瀬りん(見上愛さん)と大家直美(上坂樹里さん)のバディドラマです。ドラマの原案となった『明治のナイチンゲール 大関和物語』の著者、田中ひかるさんにインタビューしました。
前編では、看護師という職業が生まれた背景と、“朝ドラ”W主人公のモチーフとなった二人の実在する人物について、お話を伺います。
現代の従事者の方々、人の命や尊厳を支える職業を目指す方々へのメッセージを伺った後編はこちら。
“朝ドラ”主人公たちが挑むのは、看護の世界
ーー:NHK連続テレビ小説『風、薫る』の放送が始まりました。看護の世界が舞台ということで、楽しみにしていた読者も多いと思います。
田中さん:毎日、拝見していますが、スタッフ・キャストの皆さんが真摯に制作されていることが伝わってきます。一ノ瀬りんと大家直美がどのように看護の世界に入っていったのかが、説得力をもって描かれていました。当時の時代背景も、丁寧に描かれています。
『風、薫る』メインビジュアル(NHK提供)
ーー:ドラマでは、同じ看護婦養成所を卒業した二人が、ぶつかり合いながらも成長していく様が描かれます。演じる見上愛さんと上坂樹里さんの印象は?
田中さん:お二人とも演技力が高く、若いのにとてもしっかりしていますよね。一ノ瀬りんのモチーフは、感情的でよく泣きました。りんも泣き虫だとしたら、見上さんは泣く演技も見事なので、ぴったりだと思います。大家直美を演じる上坂樹里さんは、キリッとしたシャープなお芝居をしています。対照的なキャラクターの二人が、どのように人生を歩んでいくか、毎朝見るのが楽しみです。
その二人のモチーフとなっているのが、「看護婦」という職業の誕生を支えた、大関和(おおぜきちか)と、鈴木雅(すずきまさ)。どちらも実在する女性です。
当時、病人や怪我人の世話をしていた「看病婦」は、「金のために汚い仕事も厭わず、時には命まで差し出す賤業」と考えられていました。その状況を嘆き、日本にも専門的な訓練を受けたトレインド・ナースが必要だと考えた宣教師マリア・トゥルーが、看護婦養成所をつくります。和と雅はその1期生。どちらもシングルマザーでした。
ーー:田中さんはこれまで看護師に限らず、さまざまな女性に関するテーマを研究されてこられたわけですよね。なぜ今回、看護婦の誕生にスポットを当てられたのでしょう?
田中さん:以前、同じ時代を生きた女医の物語(「明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語」中公文庫)を執筆したときに、資料を読み込んでいく過程で大関和の存在を知りました。もともと次作は別の人を主人公に、と考えていたのですが、その後コロナ禍に入り、改めて看護師について調べ始めたところ、和や雅たち、桜井看護婦養成所の卒業生が並んでいる写真を見つけたんです。
手作り感のある制服を見て、ここにはきっとドラマがあると感じました。和の人生はもちろんのこと、他の学生たちにもそれぞれドラマチックな人生があるはずだと。彼女たちの群像劇として、シスターフッドも描ければいいなと思って書きました。
情熱の「和」と冷静な「雅」。対照的な二人の人物像
書籍の中で、貧民窟(スラム)の人たちの力になりたいと考えた和に、マリアが「ここに必要なのは、十分な栄養と清潔な環境、そして女性たちの雇用です。それらをすべて満たすことができるのが、看護婦という職業です」と伝えるシーンもあります。
『明治のナイチンゲール 大関和物語』(著・田中ひかる/中央公論新社)
ーー:看護婦を誇りある新しい職業として生み出そうとした人たちがいたことに加えて、「女性たちの雇用のために」という点が最初から意識されていたことに、驚きました。
田中さん:あらゆる職業は必要に迫られて、自然発生的にできたものだと思いがちですよね。でも看護師は、意識的に「女性が自立するための手段」として確立された職業なのです。そして、今も看護師という職業は、手に職をつけて自立しやすい職業の一つとして、選ばれている側面があります。
若い時から目指す人もいれば、私と同年代の友人で、子育てが一段落してから改めて「一生働ける仕事に就きたい」と看護学校に入った人もいます。離婚を機に、経済的自立を目指して資格を取る人も多いのではないでしょうか。
『明治のナイチンゲール 大関和物語』は、史実をもとに田中さんが会話部分などを豊かに膨らませており、登場人物たちの生き生きとした表情が読み取れます。
和は献身的に患者さんたちを看護しようとしますが、ともすれば自己犠牲的にも見えます。一方、雅は「看護婦はあくまで技術を売りにすべき」と言い、このように語ります。
「看護婦として自立するためには、それなりの報酬が必要です。確かな技術があれば、評価を得やすい。でも、献身といった曖昧なものは評価されづらいです。報酬には反映されない献身が、当たり前のように求められるようになったら、看護婦にとって負担ではありませんか」(本書より)
ーー:二人は対照的なキャラクターに見えます。どのようにそのキャラクターを作り上げていったのですか?
田中さん:和は非常に感情的で、「自分がこうと思ったら実行する」はっきりした性格でした。当時としては珍しく離婚をしたり、医師と対立して病院を辞めたりしています。「泣キチン蛙(ナイチンゲール)」と呼ばれるほど、感情豊かな性格だったと言われています。
田中さん:一方で、雅のほうは経歴ははっきりしているものの、自分の思いなどはほとんど書き残していません。ただ、調べていくと、強い意志をもった女性だったのではと感じました。彼女は日本で初めて「派出看護婦会」を作り、貧困層には無料で看護婦を派遣して、大勢の人を助けるとともに、社会に広く看護婦の存在を認知させました。その後、スパッと引退しているところは少しミステリアスですが、本当に優秀な人でした。
現代の視点から見ると、和の「報酬は二の次で、献身が大切」という発想には共感できません。私は「待遇に見合った報酬を」と訴えていきたいので、雅に現代の私の考えを代弁してもらい、和の献身至上主義にツッコミを入れる役割を担ってもらいました。だから、雅は少し未来人のような立ち位置になっています。
ふさわしい待遇を勝ち取るために、手を取り合った「運命」
ーー:和は医師にも対等に意見し、その結果、勤めていた病院から離れることになります。その情熱の原動力は何だったのでしょうか。
田中さん:和は「国のために頑張りたい」という思いが強かったようです。戦争に協力的な側面もあり、看護の仕事を通して国のために働きたいという意識がありました。目の前の患者を救いたいという気持ちや、クリスチャンとしての使命感も強かったのだと思います。保身という考えが一切なく、「正しいことをやらねばならない」という正義感が、彼女を突き動かしていました。
さらに、ナイチンゲールの「医師と看護婦は全く別の仕事であり、どちらも欠けてはいけない」という考え方を完全に理解し、看護婦にしかできない仕事があるという自負を、和は持っていたのだと思います。だから医師にも対等に意見し、その結果として軋轢が生まれたのでしょう。
しかし、患者や病院のためを思って行動し、医師にも臆せず意見を言う彼女の姿勢は、ある意味で現代的であり、共感できる部分があります。
ーー:一方、雅は制度を整えるなど、仕組みを整えるアプローチで看護師の待遇改善に動いていきます。
田中さん:はい。ただ、雅だけでなく和も「仕事に見合った待遇が必要だ」と発言しており、当時から二人ともそういった問題意識は持っていたのだと思います。二人は看護婦規則を作るために、現在の厚生労働省のトップにあたる内務省衛生局の局長へ直談判に行っています。それくらい、本気で資格や制度を作ろうとしていたのです。
ーー:別の考えを持ちながら最終的な理想は同じようにも見える二人。その二人が手を取り合って看護婦という職業の礎を築いていくさまに、心を動かされます。
田中さん:同い年で士族出身、そして子どもがいるシングルマザーという二人が、この広い世界でばったり出会ったことには運命的なものを感じます。端々のエピソードに、まさに運命としか思えないような瞬間があり、それが看護師という職業の原点になっている。調べながら、私自身も驚きの連続でした。職業の成り立ちそのものが、本当にドラマチックなんです。
看護師を目指す過程で、ナイチンゲールについて勉強する人は多いでしょう。でも、和や雅たちのことはあまり知られていないのではないでしょうか。海外に範をとらなくても、日本にだって彼女たちのような先駆者がいた。そのことを、今回の“朝ドラ”をきっかけに広く知っていただけたら嬉しいですね。
後編では、看護や介護など人の命や尊厳を支える職業に就いた人たちが、誇りをもって働くためにはどうすれば良いのか、田中さんのお考えや想いを伺います。
ナースフェス2026に田中ひかる先生ご登壇決定!
来場予約はこちらから!
<<ナースフェス2026 開催概要>>
■日時:2026年6月13日(土)・14日(日)
■会場:新宿住友ビル 三角広場
■入場料:無料
【プロフィールと作品情報】
田中ひかる
1970年東京生まれ。歴史社会学者・作家。博士(学術)。女性に関するテーマを中心に、執筆・講演活動を行う。大関和や看護の歴史について子どもたちにも知ってもらいたいと、2026年4月、『ナイチンゲールの風が吹く 大関和と近代看護の物語』(小学館)を刊行。
■書籍『明治のナイチンゲール 大関和物語』
著者:田中ひかる
出版社:中央公論新社
■連続テレビ小説『風、薫る』
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる「明治のナイチンゲール 大関和物語」
音楽:野見祐ニ
主題歌:「風と町」Mrs.GREEN APPLE
語り:研ナオコ
出演:見上愛 上坂樹里 佐野晶哉 小林虎之介 早坂美海 藤原季節 三浦貴大 内田慈 丸山礼 小倉史也 /根岸季衣 小林隆 髙嶋政宏 片岡鶴太郎 /多部未華子 原田泰造 水野美紀 坂東彌十郎 北村一輝 ほか
2026年3月30日(月)放送開始(全26週130回)NHK総合ほか
【記事クレジット】
取材・文/塚田智恵美 撮影/玉井美世子
関連キーワード
執筆者:ウェルミーマガジン編集部
介護・医療・障害福祉・保育に関連するお役立ち情報や楽しいコンテンツを随時発信中!みなさんの『自分に合った「ここで働きたい!」に出会える』を目指します。求人サイト<ウェルミージョブ>は会員登録数180万!