「ありがとう」だけでは食べられない。人を支える職業こそ「正当な対価」を求めるべき――NHK連続テレビ小説『風、薫る』原案者・田中ひかるさん特別インタビュー(後編)

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「ありがとう」だけでは食べられない。人を支える職業こそ「正当な対価」を求めるべき――NHK連続テレビ小説『風、薫る』原案者・田中ひかるさん特別インタビュー(後編)

NHK連続テレビ小説『風、薫る』の原案となった『明治のナイチンゲール 大関和物語』の著者、田中ひかるさんへのインタビュー。前編では看護師という職業が生まれた背景や、“朝ドラ”W主人公のモチーフとなった人物について、お話を伺いました。

後編では、看護や介護など、人の命や尊厳を支える職業に就く人たちが、誇りをもって働くためにはどうすれば良いのか、田中さんのお考えや想いを伺います。“病人の世話をするのは卑しい仕事”と蔑まれていた明治時代、看護婦を専門的で現代的な職業として確立させた人たちがいた――その人たちの姿から、現代の私たちが学べることとは?

女性の経済的自立を進めた“看護婦”という職業

本書の中心人物である大関和と鈴木雅は、ともにシングルマザーであり、子どもたちを育てていくためにも経済的自立の必要性があったはずです。

『明治のナイチンゲール 大関和物語』(著・田中ひかる/中央公論新社)

物語の中には、二人が通った看護学校の校長である矢嶋楫子が、和にこのように伝えるシーンがあります。

「看護それ自体によって救える命もあれば、看護婦という職業を確立し、女性の経済的な自立を図ることで、間接的に救える命もあります。ナイチンゲールも、『女性よ自立しなさい。自分の足で立ちなさい』と言っています」(本書より)

ーー:看護婦という職業が生まれたことは、女性の経済的自立にどのような影響があったのでしょうか?

田中さん:明治前期に女性が就くことができる専門職というと、教師くらいしかありませんでした。大正時代になると、バスガール(女性車掌)やデパートガールといった女性が就きやすい職業や「職業婦人」といった言葉が生まれますが、まだまだ先の話です。

田中さん:だから、この頃に看護婦が誕生したことは、女性の経済的自立という観点から見ても、非常に大きな意味があったと思います。当時はコレラや赤痢などのさまざまな疫病が全国的に猛威をふるっており、専門的な知識と技術をもつ働き手が、切実に求められていたのです。

この時代、遊郭に売られる女性も多くいました。実際に、遊郭から逃げてきた人が看護婦として手に職をつけ、独立できたという史実も残っています。もちろん看護婦という仕事は人の命を救うものですが、この職業の存在自体が「女性を救っていた」のだと思いました。

ーー:和や雅は、女性たちが経済的に自立するための選択肢を作った一人だったのですね。

田中さん:その通りです。現代には自立の手段となる仕事がたくさんありますが、それでも看護の資格を取る女性が多いのは、資格として確実であり、地域を問わずどこに行っても仕事があるという強みがあるからです。引っ越しても、職場の人間関係に悩んで辞めても、次の職場が見つかりやすい。今も確実な自立の手段と言えると思います。

一方で、看護師という職について調べれば調べるほど、もっと待遇が良くてもいいのではないかと感じてしまいます。看護師は、その仕事に就くまでに多大なコストと労力がかかる。猛勉強して国家資格をクリアしてから、ようやく仕事に就くことができる。それで待遇がいまいちでは、悲しいですよね。

これから看護師を目指す人たちに「本当に素晴らしい仕事だから頑張ってね」と心から伝えるためにも、『風、薫る』の放送をきっかけに「看護師」という仕事がいっそう注目され、議論が深まり、本当の意味での待遇改善につながってほしいと願っています。

仕事と子育てのバランスは、いつの時代も「正解がない」もの

今では看護師という職業があることも、資格が必要だというのも、当たり前のようになっています。でも、それは先人たちの努力によって切り拓かれた結果でもあります。

ーー:和と雅が、看護婦を誇りのある職業にするために、訴えるべきところは訴え、力強く進んでいく姿からは、勇気をもらえる人も多いのではないでしょうか。

田中さん:そうですね。特に、看護師さんの仕事は精神労働の側面も大きいです。患者さんのケアはもちろん、そのご家族への対応など、心を尽くしていらっしゃる場面も多々あるはずです。

実際、私も病院にお世話になるときは、看護師さんの精神的なケアに深く支えられ、助けられてきました。だからこそ、そのケアに対する対価があってほしいと思います。

田中さん:それにナイチンゲールは「医者の仕事は一時的で、看護婦は持続的で多様性のある仕事だ」と言っています。入院をしたことのある人は想像できると思いますが、お世話になった看護師さんのことはずっと忘れられないものです。それは技術だけでなく、対応や言葉の一つひとつに救われているからではないでしょうか。

ーー:いま看護師として働いている人の中には、家庭や子育てと仕事の両立など、さまざまな悩みを抱えている方もいます。

田中さん:和は残念ながらお子さん2人を早くに亡くしてしまったため、若いうちに子どもたちと離れて暮らしていたことへの後悔があったかもしれません。それでも彼女は、子どものために早く自立して、安定した収入を得たいと必死で働いていたのだと思います。

働かなければならないけれど、子どもとの時間も大切にしたい。そのジレンマは、現代の働く親たちも同じように抱えていますよね。そのバランスに、正解なんてないのでしょうね。子どもと関わる時間を増やすために働き方を変える人もいれば、将来の学費のために今は歯を食いしばって働くという人もいる。正解がないからこそ、自分なりの考えをもち、選択していくしかない。

ただ、明治時代に比べれば、社会保険など制度面が整ってはきています。少しずつでも状況が良くなっているという点には、希望をもっています。

求職者が「胸を張って条件を出す」ことの大切さ

ーー:看護師をはじめとして、人を支える仕事につきたいと考えている人の中には、同時に「自分にできるのか」という気持ちで揺れ動く人もいるかもしれません。

田中さん:これから目指す方は、無理をせず、ぜひ働きやすい職場を選んでほしいです。そうやって、みんながより良い環境の職場を選ぶようになれば、古い体質の組織も環境を改善せざるを得なくなるはずですから。

ーー:働き手側が自らの仕事への誇りを持ち、それを認めてくれる場所を選ぶというのは、本当に大切なことですね。

田中さん:その通りです。現在、看護師不足が叫ばれていますが、一方で資格を持っているのに働いていない「潜在看護師」が数十万人いると言われています。せっかく国家資格を持っているのに、生かすことができない人たちがいる。これは大きな社会問題です。報酬や環境面がより良くなっていけば、資格を生かして働こうと思う人も増えるはずです。

看護師さんがより良い環境で働けるようになると、結果的に患者さんや病院、世の中のためにもなる。だから、求職者の方が胸を張って「こういう条件なら働きます」と要求できるような社会になってほしいです。

誰にでもできる仕事ではない。誇りを持って働くために

ーー:看護に加えて介護の仕事についても、誇りをもって働ける社会になってほしいと思います。そのためにはどんなことが必要だと思いますか?

田中さん:排泄介助や入浴介助といったケアに対し「身の回りのお世話をする仕事」といった漠然としたイメージがあるのかもしれません。しかし、実際には感染症予防など専門的な知識や技術が必要で、誰にでもできる仕事ではありません。知識や技術に加えて、他者に寄り添う気持ちや、人間としての基本的な素養が備わっていないと続けられない仕事だとも思います。

そして、医師と看護師がそれぞれ別の役割をもつ独立した職業であるのと同じで、介護もまた専門職であり、どちらが上か下かというものではありません。

介護の仕事に就いておられる方たちには、「自分たちにしかできない尊い仕事だ」という誇りをもって、続けていただきたいです。一方で、残念ながら利用者側のリスペクトや、感謝の気持ちが足りないケースもあります。働くご本人は誇りを持ち、周囲は心からのリスペクトを持つ。私たちは、自身や家族が必ず介護職の方々のお世話になります。絶対に必要な仕事だからこそ、もっと社会全体で支えていきたいですね。

前編はこちらから。


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【プロフィールと作品情報】

田中ひかる
1970年東京生まれ。歴史社会学者・作家。博士(学術)。女性に関するテーマを中心に、執筆・講演活動を行う。大関和や看護の歴史について子どもたちにも知ってもらいたいと、2026年4月、『ナイチンゲールの風が吹く 大関和と近代看護の物語』(小学館)を刊行。

■書籍『明治のナイチンゲール 大関和物語』
著者:田中ひかる
出版社:中央公論新社

■連続テレビ小説『風、薫る』
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる「明治のナイチンゲール 大関和物語」
音楽:野見祐ニ
主題歌:「風と町」Mrs.GREEN APPLE
語り:研ナオコ
出演:見上愛 上坂樹里 佐野晶哉 小林虎之介 早坂美海 藤原季節 三浦貴大 内田慈 丸山礼 小倉史也 /根岸季衣 小林隆 髙嶋政宏 片岡鶴太郎 /多部未華子 原田泰造 水野美紀 坂東彌十郎 北村一輝 ほか
2026年3月30日(月)放送開始(全26週130回)NHK総合ほか


【記事クレジット】

取材・文/塚田智恵美 撮影/玉井美世子

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ウェルミーマガジン編集部

執筆者:ウェルミーマガジン編集部

介護・医療・障害福祉・保育に関連するお役立ち情報や楽しいコンテンツを随時発信中!みなさんの『自分に合った「ここで働きたい!」に出会える』を目指します。求人サイト<ウェルミージョブ>は会員登録数180万!

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