医療福祉の世界では、介護職や看護師などの従事者さんの多くが「誰かの役に立ちたい」という強い想いで現場を支えています。「利用者さんに名前を呼んでもらえた」「退院する姿を見られた」ーそうした瞬間が働く力になる一方で、多忙を極め、身を削り燃え尽きてしまう人も少なくありません。
こうした課題は、個人の努力や気合いだけで乗り越えられるものではありません。
どうすれば医療福祉の現場で従事者さんが自分らしくイキイキと働き続けることができるのか。 組織行動論の専門家である早稲田大学の森永雄太教授に、具体的なヒントを伺いました。
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<プロフィール> 森永 雄太(もりなが ゆうた) 早稲田大学 グローバル・エデュケーション・センター 教授 リーダーシップ開発プログラムコーディネーター 神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。専門は組織行動論、経営管理論。主著に『ジョブ・クラフティングのマネジメント』(2023年、第39回冲永賞・第41回組織学会高宮賞受賞)、『ウェルビーイング経営の考え方と進め方:健康経営の新展開』(2019年)など。「職場のダイバーシティが協力志向的モチベーションを向上させるメカニズム」(共著)にて2019年度日本経営学会賞(論文部門)を受賞。 |
Q:介護や看護の現場で、バーンアウトが起きやすい背景には何があるのでしょうか?
森永先生:バーンアウトを考えるうえでは、大きく2つの要素があります。ひとつは「仕事の要求度」です。たとえば、労働時間が長い、仕事が難しい、責任が重いといった負荷ですね。
介護や看護のような対人支援の仕事では、そこに「感情労働」も加わります。たとえば、内心ではつらかったり、腹が立ったりしても、利用者さんや患者さんの前では笑顔で対応しなければならない。自分の感情をそのまま出せないこと自体が、見えにくい負担になります。
もうひとつは、その負担を和らげる仕事の「資源」です。代表的なものは「自律性」、「社会的支援」、「キャリア支援」です。
「自律性」は主体的に自分のやり方を実行できること、「社会的支援」は助け合いや周囲からのサポート、「キャリア支援」は、専門性を高めながら成長実感を得られ、将来の見通しを持てる状態を指します。
仕事が大変でも、周囲に助けてもらえる、成長実感がある、将来の見通しが持てる。そうした資源があると、要求度の悪影響を和らげることができます。逆に言えば、資源がないと、バーンアウトしてしまう可能性が高くなります。
Q:医療福祉の仕事で、「自律性」を高めることは可能なのでしょうか?
森永先生: 少し難しいかもしれませんね。介護や看護の現場では、安全性や標準化が非常に重要です。みんなが同じやり方を守る必要がありますし、ミスが許されない場面も多い。そうすると、一人ひとりが自由にやり方を変えるという意味での自律性は、高めにくい面があります。
だからこそ、ほかの資源を充実させることが重要になります。たとえば、職場内の支援を増やす。専門知識を高め、成長実感を持てるようにする。そうした取り組みは、医療福祉の現場でも比較的取り組みやすい部分だと思います。
Q:「社会的支援」について、具体的に聞かせてください。
森永先生: 社会的支援とは、単に「手が足りないから手伝う」ということだけではありません。もちろん業務上のサポートも大切ですが、感情労働が大きい仕事では、悩みを聞いてもらえる、気持ちを受け止めてもらえる、といった支援も重要です。
介護や看護の仕事では、つらいことや理不尽に感じることがあっても、その場では感情を抑えなければならないことがあります。そうした時に、あとで誰かに話せる、気持ちを吐き出せる環境があるだけでも、負担は変わってくるはずです。
Q:助け合いが鍵になるんですね。助け合える職場と、そうでない職場の違いはどこにありますか?
森永先生: 大きな違いは「心理的安全性」の有無です。困った時に「助けて」と言える。おかしいと思った時に「これってどうなんでしょう」と異論を唱えられる。そうした場があるかどうかです。
職場で大切なのは、過剰に「大丈夫?」と聞き合うことではなく、必要な時に気兼ねなく言える状態をつくっておくことです。困った時には言っていいし、言ったほうが職場のためにもなる。そういう共通認識があると、無理を抱え込まずに済みます。
これは管理者の役割が大きいと思います。心理的に安全な場をつくりだし、心理的安全性を築くことは、助け合いの土台になります。
Q:現場の従事者自身が、心身を犠牲にすることなく、今の仕事を前向きに捉えるためにできることはありますか?
森永先生: ひとつの考え方として「ジョブ・クラフティング」があります。今ある仕事を、自分なりに意味づけたり、少し面白くしたりする工夫のことです。
たとえば介護職の場合、利用者さんと直接関わる機会が多いですよね。大変な面もありますが、感謝されたり、名前を呼んでもらえたり、「自分は役に立っている」と感じられることも多いと思います。看護師さんも、「患者さんが退院する姿を見るのが嬉しい」という声があります。こうした瞬間がエネルギー源になっている方は多いと思うので、自分の「仕事の意味」として捉え直すことは大切です。
一方で、たとえばオペを専門的に担当する看護師さんは、患者さんが眠っている状態で関わるため、感謝の言葉を直接受け取りにくいといった側面もあります。そういう場合は、術前・術後の説明の時間に、必要事項だけを伝えるのではなく、不安を聞いたり、少し対話を増やしたりする。それだけでも、自分の仕事の意味を再確認できることがあります。
やらなければならない業務の中に、少しだけ人間的なやり取りを加える。そこから、やりがいを取り戻せることもあるのではないでしょうか。
「ジョブ・クラフティング」には、自分の能力を高めていくことも含まれます。自分が成長していける場であることが仕事の意味づけも大きくしてくれます。
Q:管理者や経営層ができることとして、特に重要なものは何でしょうか?
森永先生:まずは、できたことを可視化することではないでしょうか。
医療福祉の専門職は、どうしても「できていないことをなくす」ことに意識が向きやすい。もちろん安全のためには必要ですが、そればかりだと、うまく回っていない人にとってはつらくなります。
以前フィールドリサーチをしていたある病棟では、看護師さんたちが目標に対してできたことを付箋に書き出し、掲示していく取り組みがありました。小さな成功や「前より良くなったこと」を見える形にして、職場内で褒め合う。そうした取り組みが、職場の雰囲気を良くしていました。
「まだ足りない」だけでなく、「ここは前進している」「これができるようになった」と伝えること。特に若い人の定着を考えるうえでは、とても大切だと思います。
Q:キャリアの見通しができることも、働き続けるうえで重要なのでしょうか?
森永先生: 重要です。さきほどお伝えしたように、仕事の「資源」のひとつに「キャリア支援」があります。
「ここで働くと、どんなスキルが身につくのか」「専門職としてどう成長できるのか」「その成長がどう報われるのか」。こうした見通しがあると、今の職場で働く意味を持ちやすくなります。
介護職でいえば、初任者研修、実務者研修、介護福祉士、ケアマネジャーといった資格の道筋がありますよね。こうした制度に加えて、組織内でも研修や内部資格、昇進の仕組みを整え、「ここにいれば成長できる」「専門性が高まる」と見せていくことが大切です。
これは従事者本人の希望と、組織が提供できるものを重ね合わせていく作業でもあります。
Q:医療福祉の現場では、「リーダーシップ」という言葉があまり使われない印象もあります。
森永先生:たしかに、一般企業と比べると、医療福祉の現場ではリーダーシップという言葉が前面に出にくいかもしれません。
介護や看護の仕事は、「個として利用者さんや患者さんに向き合いたい」という思いが強い仕事です。そのため、管理することで職場が良くなる、組織としての力を使うことでより多くの人を支援できる、という発想に行きづらい面があるのかもしれません。
また、専門職であるがゆえに、「このスキルができること」が強調されやすい。若い人に対しても、「これができないとダメ」となりやすい。そうすると、組織として戦うという視点がやや弱くなることがあります。
でも実は、各個人が組織の中でリーダーシップを発揮することで、働き手自身が楽になるのはもちろん、最終的に利用者さんや患者さんに対するケアの質向上にもなります。
Q:介護職や看護師にとっての「組織の力」とは、どのようなものでしょうか?
森永先生:多職種連携であれば、それぞれの専門性の違いが見えやすいですよね。医師、看護師、介護職、リハビリ職など、役割の違いがあります。
一方で、介護職同士、看護師同士のように、同じ専門職の集まりになると、「みんな同じことができるべき」という意識が強くなりやすいかもしれません。
でも実際には、一人ひとりに得意・不得意があります。レクリエーションが得意な人、利用者さんとの会話が得意な人、記録が得意な人、段取りが得意な人。そうした強みや弱みをお互いに知り、組み合わせることで、職場全体の効率は良くなります。
「デコボコがあってもいい。そのデコボコを組み合わせたほうが、全体としてうまくいく」。そう考えられると、組織の力が見えてくるのではないでしょうか。
結果として、休みが取りやすくなる、早く帰りやすくなる、業務がスムーズになる。そうした実感が生まれれば、組織として働く意味も感じやすくなると思います。
Q:そのためにも、心理的安全性が重要になるのですね。
森永先生:そうですね。結局、最初の話に戻ってきます。
強みや弱みを共有するには、自己開示が必要です。「実はこれが苦手です」「こういう事情があります」と言えること。そして、それを聞く側が受け止めることです。
業務連絡だけなら、傾聴はあまり必要ありません。でも、「これができていません」の背景に、その人の事情や苦手さがある場合には、質問したり、理解しようとしたりする姿勢が必要になります。
「インクルーシブ・リーダーシップ」という考え方があるのですが、これは、異なる意見や背景を持つ人たちが発言しやすくなるために、リーダーの姿勢が重要だとされています。具体的には次の3つです。「近接性」(話しかけやすいこと)、「開放性」(すぐに否定せず気持ちが開かれていること)、「利用可能性」(必要な時に頼れること)。そうした振る舞いが、心理的安全性をつくります。
心理的安全性があるから、助けを求められる。助けを求められるから、ヒヤリハットを防げる。さらに、それぞれの強みや弱みを活かせるようになる。医療福祉の現場においても、これはとても大切な視点だと思います。
森永先生の取り組み
森永先生は、早稲田大学グローバル・エデュケーション・センターにて、リーダーシップ開発プログラムのコーディネーターを務めています。
このプログラムでは、「誰もがリーダーシップを発揮できる」という考えのもと、多様な人と協働しながら課題解決に取り組む力を育むことを目指しています。
一人で頑張るのではなく、それぞれの強みや違いを活かしながらチームとして成果を生み出す―。今回のインタビューで語られた「心理的安全性」や「組織の力」の重要性にも通じる取り組みです。
Q:最後に、従事者や管理者に伝えたいことはありますか?
森永先生:介護や看護の仕事は、すでに多くの方が本当に頑張っている仕事です。だから、個人の努力だけですべてを解決しようとするのは難しいと思います。
ただ、個人としてできることもあります。自分の仕事の意味を見つめ直すこと。利用者さんや患者さんとの関わりの中で、自分が何にやりがいを感じているのかに気づくこと。小さな工夫で、今ある仕事を少し自分らしくしていくこと。ジョブ・クラフティングと呼ばれるものですね。
一方で、組織としてやるべきこともあります。心理的安全性をつくる。できたことを可視化する。褒め合う文化をつくる。専門性が高まるキャリアの道筋を示す。そして、一人ひとりの強みや弱みを押し殺すのではなく、組み合わせて活かす。これはぜひ管理職の方々に期待したいところです。
医療福祉の現場では、「専門職としての自分」が強く求められます。でも、その背後には、一人ひとりの個性や得意不得意があります。それを自然に出せて、組織として結合できた時、一人ではできないケアができるようになるのではないでしょうか。
【編集後記】
「つらい」「助けて」と言えること。「ここなら成長できる」と思えること。そして、「自分の強みが、この職場で活かされている」と感じられること。
そうした職場が増えることは、従事者のためになるのはもちろん、最終的には利用者さんや患者さん、そのご家族にとってより良いケアやサービスにつながり、大きな意味を持つはずです。
ウェルミ―ジョブが大切にしているコンセプトは【自分に合った「ここで働きたい!」に出会える】こと。医療福祉の仕事に携わる一人ひとりが、自分らしく、前向きに働き続けるための選択肢に出会えるよう、これからも従事者さんたちの声に加えて今回の森永先生のような専門家の方々のアドバイスや情報もお届けしていきます。
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インタビュイー:ウェルミーマガジン編集部
介護・医療・障害福祉・保育に関連するお役立ち情報や楽しいコンテンツを随時発信中!みなさんの『自分に合った「ここで働きたい!」に出会える』を目指します。求人サイト<ウェルミージョブ>は会員登録数180万!
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