こんにちは!ウェルミ―ジョブ編集部員の田上です。
「保育の味方!子どももおとなも“共に育つ”ための10ヶ条」では、一般社団法人次世代SMILE協会の杉山舞さんをお迎えし”保育のヒント”を探っていきます。
第一回目のテーマは、「互いを尊重し合うことの大切さ」。これは、次世代SMILE協会が提唱する「人の可能性を伸ばす10の黄金法則」(以下、10ヶ条)のひとつめに掲げられています。
▽「次世代SMILE協会」って?
子どもと、子どもに関わる保育士や保護者たち(アントラージュ)が、プログラムやセミナーを通して、自分にとっての幸せを見つけられるよう活動中。大人が子どもと共に学び、成長する【共育】を重視している。渋谷区より委託を受け、スポーツを通した子育てを発信する渋谷スポーツ共育プラザ&ラボ “すぽっと”なども運営。
ー スポーツを通して子どもの可能性を伸ばすという「スマイルシップスポーツ」を実践されています。詳しく教えてください。
杉山さん: スマイルシップスポーツは、次世代SMILE協会の代表であり、私の母でもある杉山芙沙子の子育てや選手育ての経験(*)と、学術的研究をもとに開発されたスポーツ共育プログラムです。
*杉山芙沙子さんは、長女で元プロテニスプレーヤー杉山愛さんとのツアーを通して、ディレクター兼コーチを務めました。その後もトップアスリートのみならず、世界で活躍することを目指すジュニアアスリート、またテニスが好きで楽しみたい子どもたちにも指導にあたっています。(左から:杉山舞さん、杉山芙沙子さん、杉山愛さん)
プログラムでは、幼少期から本物の道具を使用しながら、テニスやゴルフ、ラグビーやバレーボール等の様々なスポーツを体験することを通して、その子の一番を見つけることを大切にしています。
また、次の3つの力をバランスよく育むことを目指しています。
身体体力:筋力、スピードなど
精神体力:挑戦する力、あきらめない心
知的体力:予測する力、他者を称える力
この3つの力が支えるのが「生きる力=人間力」です。
さらに、子どもに指導することを通して、子どもだけでなく指導者自身も共に学び成長していくという考えから、私たちは「スポーツ共育」と呼んでいます。
(図は「3つの力_スポーツ共育」)
ー プログラムの特長として、<対話>を重視する時間があるとか。保育の現場でも対話の重要性が謳われています。
杉山さん:はい。子どもが活動を通して自分の気持ちや想いを伝える「サークルタイム」を設けています。
皆さんは、トップアスリートの幼少期の両親との関わり方、と聞くとどんなことを想像されますか?「親がコーチをしていた」、「幼いころから特定の競技に集中していた」等、技術や指導に関する具体的なイメージを持たれるかもしれません。しかし、2011年の杉山芙紗子が発表した研究において、トップアスリートの間に「幼少期に保護者との対話的な関わりを持っていた」という共通点が見出されたのです。スポーツの技術を高めることばかりでなく、対話によって養われたコミュニケーション力が、トップアスリートの成長に大きく関わっていたと考えられますね。
スマイルシップスポーツでも、スポーツを通して社会環境に適応できる「生きる力=人間力」を育むことを目指し、自分自身を表現する機会を大切にしています。指導にあたるコーチは、「スポーツ共育」を実践するために、スポーツの身体的なスキルを教えるばかりでなく、子どもたちとのコミュニケーションを大切にし、一人ひとりの成長に寄り添った声かけを心がけています。
例えばコーチは、より高く、より速く、といったスポーツの技術面のみならず、動きを見て模倣したり、人の話を聴いたり、順番を待ったり、友達のことを応援したりする中で、その子の「生きる力=人間力」の成長に着目します。コーチは、こうした様々な場面での子どもたちの小さな変化や成長に気づき、伝えることで、「テニスでボールを打つことが楽しい」、「友達を応援することが好き」、「友達と協力することが得意」などの、一人ひとりの一番を子ども自身が見つけることを目指しています。これは保育の現場でも重要なことです。
また、スマイルシップスポーツでは、2人のコーチが共にセッションを担当します。異なるバックグラウンドや経験を持つコーチ同士が同じ場面を見ても、その捉え方には違いがあります。そうした違いを尊重しながら、日々の実践を振り返り、「あの時の声かけは良かったのだろうか」、「自分が伝えたかったことは何だろうか」と問い直します。そうして、探求を繰り返しながら、子どもの可能性を最大限に引き出すことを目指し、コーチ自身も学び続けています。
ー プログラムの軸でもある「10ヶ条」とはどのような考えから生まれたものなのでしょうか。
杉山さん:この「10ヶ条」の根底には一つの共通した考え方があります。それは、「子どもは社会からの預かりもの」という考え方です。子どもは生まれた瞬間から社会の一員であり、誰かの所有物ではなく、自ら意思を持った存在だということ。それぞれの家庭で育んだ後は、再度社会にお返しする存在でもあります。私は、この”社会にお返しする”という表現がとてもチャレンジングで素敵だと感じています。
例えば、図書館の借りた本は、返すことを前提に、できるだけ丁寧に扱おうと考えますよね。自分の本のようにお風呂で読んでフニャフニャにしてしまうようなことは、きっと避けると思います。この本を子どもに置き換えてみると、やがて社会にお返しすることを念頭に置きながら、子どもが自ら考え、選び、幸せを感じられる力を培えるよう支えることこそ、保護者に託された大切な役割だと言えそうです。
「子どもは社会からの預かりもの」という価値観は、10ヶ条すべての根底に流れており、それぞれの内容に一貫してつながっています。
ー 今日のテーマは「互いを尊重し合うことの大切さ」です。保育士は、子どもや保護者、職場の同僚たちと「尊重し合う」ことが求められる職業でもあります。
杉山さん:「互いを尊重し合うことの大切さ」とは、年齢、経験、経歴などに関わらず、人と人の関係性においては、互いが同等に尊重し合うことが大切であることを示しています。
親子関係を例に考えてみます。ある女性が35歳で第一子を出産したとします。彼女は35年の経験や知識を持っていますが、生まれたばかりのその子どもとは初対面。つまり、子どもが0歳のとき、母親もまた0歳ママになるという考え方です。では、さらに2年後、第二子を出産した場合、母としては何歳になるでしょうか?第一子との関係性では、子どもが2歳、母としては2歳ママになりますが、第二子との関係性においては、再び0歳ママになります。なぜなら、第二子との関係性は、そこから新たに始まるからです。
このように、10ヶ条の「互いに尊重し合う」とは、親子関係においても十把一絡げにするのではなく1対1の関係性に着目しています。これは、保育の現場でも、職場の人間関係でも同じことが言えるのです。「互いに尊重し合う」ためには、まず相手を知ろうとする姿勢が大切です。相手が何を考え、何に悩み、何を望んでいるのか。そうした背景を知ろうとし、その考えに至った経緯や理由を理解しようとすることが、互いの信頼関係の土台となりえるのです。
では、この「互いに尊重し合う」プロセスを、保育の現場において見つめてみましょう。実は、10ヶ条の学び始めでは、「子どもを尊重する=子どもの言いなりになる」、という誤解がよく見受けられます。この誤解は重大な問題を引き起こす可能性があります。
例えば、保育の現場に置き換えて考えてみます。先生方の言葉に耳を傾けない子どもが、自由奔放にふるまい周囲を巻き込んで大騒ぎになったり、勝手に走り回ったりして、場合によっては怪我につながってしまうこともあります。 一方で、「子どもを尊重するのだから、子どもがやりたいようにするのは悪いことではないのでは?」と考える方もいるかもしれません。
たしかに、子どもの気持ちや意見を受け止めることは大切です。
ただ、ここで忘れてはならないのが、「尊重し合う」という視点です。
子どもを尊重するからといって、子どもの要求に何でも応えてしまうと、関係性が一方通行になってしまいます。けれども、「尊重し合う」ことで、大人の意見や想いも子どもに伝えることができ、双方向のやりとりが生まれます。「互いを尊重し合う」という姿勢は、単にルールを守らせることではなく、子どもの可能性を信じ、対話を通じて理解を深め合うことだと、私たちは考えています。
かく言う私は、この「互いを尊重し合う」という姿勢を、母との関わりの中で自然と体験しながら育ちました。小学生の頃から、母は姉や私に対して、「あなたはどうしたいの?」「あなたはそう思うのね。ママはこう思うよ。」と、私たちの気持ちや意見を聞きつつ、自分の意見を交ぜながら対話をしてくれていました。当時、周りの友達の多くは、親が勧めた習い事をしていたり、宿題なども親に管理されていた中で、私は「なぜ母は私たちに聞くのだろう?」と、幼いながらに不思議に感じていました。
「たまには、こうしなさいって決めてほしいよね」
そんなふうに姉とこぼしたこともありました。
けれども、大人になった今、当時母が自分の気持ちや意見は伝えつつも、子どもたちの意見を尊重し、対話してくれていたことが、私にとってかけがえのない経験だったことに気づきました。おかげで自分の意見が大切にされていると実感しながら、想いを言葉にして伝えることの楽しさを学んでいったように思います。
子どもが壁にぶつかったとき、大人の立場から見れば「こうした方がうまくいく」と分かっていることもあるかと思います。しかし、直ぐに答えとして与えるのではなく、子ども自身の考えを引き出しながら共に解決していくことで、子どもは考える力や選択する力を身につけていきます。そして、この力は正に、将来に向けた「生きる力=人間力」の土台となるものだと考えます。
―ありがとうございました。
【編集後記】
杉山さんのお話を通して、「互いを尊重し合うこと」が、子どもとの関わりだけでなく保育現場や大人同士の関係性においても非常に大切な姿勢であることを改めて感じました。一方的に与えたり指示するのではなく、対話を通じて“共に育つ”関係性を築くこと。そのためには、相手の背景や思いに耳を傾け、自分の考えも丁寧に伝えていくことが大切なのだと気づかされました。今回のテーマが、保育の現場で日々子どもたちと向き合っている皆さんのヒントにもなれば嬉しいです。
次回のテーマは、10ヶ条の「子どもに求められていることの大切さ」です。どうぞお楽しみに!