こんにちは! ウェルミ―ジョブ編集部員の田上です。
「保育の味方!子どももおとなも“共に育つ”ための10ヶ条」では、一般社団法人次世代SMILE協会の杉山舞さんをお迎えし”保育のヒント”を探っていきます。
第二回目のテーマは、「子供に求められていることの大切さ」。これは、次世代SMILE協会が提唱する「人の可能性を伸ばす10の黄金法則」(以下、10ヶ条)のふたつめに掲げられています。
ー 今回のテーマは10ヶ条のふたつめ「子供に求められていることの大切さ」です。これはどのような意味なのでしょうか?
杉山さん:「子供に求められていることの大切さ」とは、子どもの想いや心の声に気づき、対話や非言語的なやり取りを通じて応えていくことの重要性を表しています。
特に保育の現場では、一度に多くの子どもと関わるため、一人一人に割ける時間は限られていますよね。だからこそ先生方には、子どもが「この先生だったら聞いてくれる」「喜んでくれる」「助けてくれる」と感じて寄り添ってくる、その期待や信頼を感じていただけたらと思っています。子どもにとって先生は、まさに唯一無二の存在なのです。
私自身も、スマイルシップスポーツ(以下、SSS)を実践し始めた頃に、このことを強く実感した経験があります。子育て支援施設で一定期間コーチを務めていた際、継続的に参加してくれる親子が増え、信頼関係が築かれていきました。ところが、私が別の業務に移り他のコーチに引き継いだことで、表情がこわばり活動に参加できなくなる子どもが出てきてしまったのです。
「他の認定コーチなら変わらない」と思っていたのは私の思い込みで、その子にとっては「SSSに来たら」「このコーチだったら」という安心感や信頼感があったのだと痛感しました。子どもたちにとって、関わる先生やコーチは代わりのきかない存在であり、「子どもに求められている」ということの重みを改めて学んだ出来事でした。
ー 子どもに求められるのは嬉しい一方で、忙しいと理想通りに対応できないこともあります。そんなとき、保育士としてどのような心構えや工夫ができるでしょうか?
杉山さん:日々の子育てや保育の現場では、子どもに求められたときに常に理想的な対応をするのは難しいですよね。私が伺ったある先生(A先生)のエピソードがあります。
ある日、子どもから「ねぇ先生!これ見て!」と声をかけられたとき、A先生はすぐに対応できず、仕事をひと通り終えてから「さっき何を見せてくれたの?」と尋ねました。すると、子どもの関心はすでに別のことへ移っていて会話は発展しませんでした。A先生は「子どもにとって知らせたいタイミングは“その時”なんですね」と振り返っていました。こうした経験からも、子どもが求める“タイミング”にどう応えるかはとても大切だと思います。
実はこの「タイミング」を大事にする姿勢は、子どもの幸福度が高いデンマークの教育にも表れています。デンマークには「ペダゴー(Pædagog)」と呼ばれる専門職がいて、彼らが大切にする「ネァヴェア(nærvær)」という言葉があります。これは「今この瞬間を共に過ごす相手に心を向ける」という意味で、子どもとの関わりにおいて大切にされている考え方です。
とはいえ現場では「本当は応えたいのに、今は別のことを優先せざるを得ない」という場面も多いのではないでしょうか。そのようなときに役立つのが、ご自身の保育理念を具体化することと、チームワークで生かし合うことです。
【理念を具体化する】
例えば、これまでにお会いした2人の保育士の先生(B先生とC先生)は、どちらも「子どもに寄り添う」ことを大切にされていました。ただしB先生は一対一で丁寧に応じる寄り添い方、C先生は集団の中で自律性を育てる寄り添い方を重視されていました。発表会前日の慌ただしい準備中に子どもから話しかけられたとき、B先生はすぐに時間をとって子どもに丁寧に応じたいと考え、C先生は今は準備に集中している状況であることを子どもに共有し、「友達に相談してみる」「気持ちを紙に書いて先生に渡す」といった工夫を促すことで、集団や状況を踏まえながら子どもが自ら考えて行動できるよう導きたいと考えました。
同じ理念を持っていても具体的な解釈が異なると、対応や理解にずれが生じてしまいます。こうした不一致を減らすには、理念を言葉で掘り下げ、自分が大切にしたい軸を明確にしておくことが大切です。
【チームワークで生かし合う】
ご自身の理念を明確にできたら、次はチームで共有しましょう。先の例では、B先生とC先生が話し合ったことで、B先生は子どもへの対応時に準備を他の先生に任せられるようになり、C先生も準備を終えられてお互いが無理なく役割を果たせるようになりました。
またC先生は、子どもに「今は待つ工夫をする」ことを伝え、集団活動内でB先生を含めた先生方にサポートしてもらえたことで、大切にする理念を実践することができました。
忙しい現場で理想の関わりを実現するには、個人の理念とチームの協力、両方が必要だと感じています。
まずは、ご自身が大切にしたい保育の軸を言葉に表してみてください。その一歩が、子どもにとってより良い対応につながるかもしれません。
ー 保育園や家庭で、複数の子どもから同時に求められることも多いと思います。そんなとき、どのように対応すると良いのでしょうか?
杉山さん:私がコーチとして子どもと関わる中で大切にしているのは、「その子の求めを受け止める」ということです。
スマイルシップスポーツ(SSS)のセッション中にも、子どもたちが次々と質問をしてくれることがあります。でも一人ひとりに丁寧に答えていると、セッションが進まなかったり、他の子の集中が途切れてしまうこともあります。
そんなときは、「なるほど、そういう意見があるんだね」「面白いね」「今、舞さんが話していることも聞いてもらえる?」など、言葉の形を少し変えながら「聞いているよ」「関心を持っているよ」という気持ちを伝えるようにしています。すると子どもたちは「自分の話を受け止めてもらえた」と安心し、気持ちを切り替えて再び活動に集中できるようになると感じています。
ー 「子どもに求められていることの大切さ」を味わうことで、大人も子どもと共に育つことができると思います。具体的なエピソードがあれば教えてください。
杉山さん:私自身、子どもの質問や発言が他者の感情や成長に関わる時は、その場でみんなと一緒に考えることを大切にしています。
以前、年長クラスを担当していたとき、ある子が他の子のテニスの打ち方を指摘し、指摘を受けた子が悲しそうな表情を浮かべたことがありました。私はセッションを一旦止めて「自分が頑張っているときに、そう言われたらどんな気持ちになる?」と子どもたちに問いかけました。すると「嫌な気持ちになる」「悲しい」と答えが返り、指摘した子も黙って耳を傾けていました。
こうしたやり取りは、保育や家庭などの集団生活のなかでも日常的に起こることではないでしょうか。子どもの求めから出発して「人はどう感じるか」を一緒に考える時間にすることは、子どもにとって大きな学びになりますし、大人にとっても子どもと共に考えることで成長するきっかけになると思います。
また、「子供に求められていることの大切さ」に関連して、私の心に深く残っているエピソードがあります。プロテニスプレーヤーだった姉と、コーチを務めた母とのやり取りです。
姉がスランプに陥ったことで母はコーチとなり、「いつでも応えられるように」と常に側に付き添っていました。けれど姉は「ママ、常に付いていてくれようと思わなくて良いよ。私が必要と感じたら、自分からママに言うから」と伝えたそうです。その言葉を受けて母は、「いつも役に立とうとするのではなく、求められた時にそこにいればいいのだ」と気づき、それ以降コーチとしての関わり方が大きく変わったといいます。
私自身、この出来事から「選手に100%神経を注ぐこと」と「選手が100%の力を発揮すること」は同じではない、ということを学びました。たとえ求められる割合が10%でも1%でも、その瞬間に最大限応えることができれば、それが“100%応える”ことにつながるのだと。これはまさに「求められていること」の究極の形だと思います。
この考え方は保育や家庭でも同じことがいえると感じています。子どもの求めに気づき、その時々に応えていくことで安心や信頼が生まれます。そして、大人も子どもと共に学び合い育ち合う「共育」が実現していくのだと感じています。
―ありがとうございました。
【編集後記】
杉山さんのお話を通して、「子どもに求められていること」を大切にすることが、子どもにとっての安心や信頼につながるだけでなく、大人自身の学びや成長にもつながるのだと感じました。忙しい日常の中で理想通りに応えるのは難しいこともありますが、子どもの“今”に心を向け、その瞬間を共に過ごす意識がとても大切なのだと気づかされました。
また、すべてを一人で抱え込むのではなく、保育理念を言葉にしチームで補い合うことによって、より理想に近い関わりが実現できるという視点も印象的でした。読んでくださった皆さんにとっても、子どもとの関わりを見つめ直す小さなきっかけになれば嬉しいです。
次回のテーマは、10ヶ条の「気づくことの大切さ」です。どうぞお楽しみに!
【協力】北欧教育フィーノリッケ(FinoLykke)