子どもの未来を支えるのは、知識だけでは測れない力です。「社会性」「自制心」「創造力」といった“非認知能力”は、子どもが自分らしく生きるための大切な土台になります。
本連載では、IPU・環太平洋大学教授、お茶の水女子大学名誉教授、十文字学園女子大学名誉教授であり、発達心理学・保育学の第一人者である内田伸子先生にお話を伺います。
AI時代を生きる子どもたちに必要な力、そして保育者がどのように関わればその力を伸ばせるのか―。本連載では6回にわたり、「保育は未来をつくる仕事」というテーマのもとに、実践につながるヒントをお届けします。
連載ラインナップ
- 第1回 非認知能力とは?AI時代に必要な力を育む“幼児期の遊び”
- 第2回 デジタル依存で学力低下?紙と鉛筆で育つ子どもの思考力
- 第3回 学力格差の原因は家庭のしつけ?強制型と共有型で変わる子どもの力
- 第4回 自由遊びで伸びる語彙力と創造性(1月公開予定)
- 第5回 保育者の役割とは?発達の最近接領域(ZPD)を支える援助の方法(2月公開予定)
- 第6回 保育の未来とAI時代の子ども支援(3月公開予定)
この記事のポイント
- AI時代に求められる「非認知能力」とは何かがわかる
- 幼児期の遊びが“生きる力”を育む理由を解説
- 保育者が意識したい「見守り」「声かけ」「環境づくり」のコツ
- 子どもに“しないほうがいい関わり方”も紹介
保育という仕事の尊さ
「保育は将来の文化社会をつくる仕事」。先生が冒頭で語ってくださった言葉には、保育の尊さが込められています。その思いを踏まえて、まずは先生に「保育という仕事」そのものについて伺いました。
ー 先生は保育という仕事をどのように捉えていらっしゃるか、お聞かせください。
内田先生:
保育というのは、将来の文化や社会をつくる人を育てる、大変貴重な仕事です。こんなに素晴らしい仕事はありません。子どもと関わるなかでエネルギーをもらい、元気をもらうことができるのです。子どもたち自身が互いに学び合い、育ち合う力も大きい。
だからこそ保育者には、子どもの心の動きをしっかりと見守り、その表情が輝いているかどうかを常に感じ取る姿勢が求められます。先輩や同僚から学び、記録を振り返り、子どもの視点で改善を重ねていくことも大切です。
私は、保育者は“賢い脇役”だと思います。子どもの姿から次の方向性を洞察し、足場をかけてあげる存在でありたい。そして、科学者のように観察し、芸術家のように感性を働かせながら、子どもたちの未来を支える仕事だと思っています。
だからこそ、子どもたちにとってどのような力を育むかが重要になります。
非認知能力とは?
ー 子どもたちに求められる「力」として、“非認知能力”が注目されています。これはどのような力を指すのでしょうか。
内田先生:
非認知能力というのは、テストの点数や知識量だけでは測れない力を指します。
| 認知能力 | 非認知能力 |
|---|---|
| 知識・記憶・理解力など テストで数値化できる力 |
社会性・自制心・創造力など 数値化できない“生きる力” |
| 正解を導く力 | 課題を乗り越え、人と協働する力 |
たとえば「社会性」「自制心」「創造力」といった、人としての土台になる力です。私はよく「生きる力」と表現していますが、子どもが将来、自分らしく人生を切り拓いていくうえで欠かせないものなのです。
この力には、感情をコントロールする力や、我慢や忍耐をする力、最後までやり抜く力も含まれます。大人になってからも、人間関係を築いたり、社会で役割を果たしたりするときに必ず必要とされるものです。たとえば就職活動でのコミュニケーション力や、仲間と協働して問題を解決する力、困難に直面したときに自分を立て直す力なども、すべて非認知能力に関わってきます。
もちろん学力も大切です。しかし、それだけでは十分ではありません。友だちと協力する力、人の気持ちを思いやる心、挑戦や失敗を繰り返しながら工夫する姿勢があるかどうかで、その子の成長や将来は大きく変わります。むしろ学力以上に、非認知能力がその人の人生を左右する場面は多いのです。
だからこそ保育の場では、知識を“教える”こと以上に、子どもが遊びや日常の生活の中で自然にこうした力を育んでいけるように関わることが重要になります。幼児期は人間としての根っこをつくる時期です。ここで育まれる非認知能力が、子どもの未来を支える土台になるのです。
AI時代における非認知能力の価値
ー まもなくAIの時代が到来すると言われていますが、「非認知能力」との関係性をどうお考えでしょうか。
内田先生:
AIは膨大なデータを瞬時に処理し、正確な答えを導き出すことには非常に優れています。しかし、AIには「出来事に意味を見出す力」がありません。人間は同じ出来事でも、自分の体験や感情を通して意味をつけ、次の行動へとつなげていきます。
たとえば子どもが転んだとき、「痛い」と感じるだけで終わらず、「次は気をつけよう」と学んだり、「友だちが痛そうだから助けてあげよう」と共感したりします。絵本を読みながら登場人物の気持ちを想像したり、砂場で思い通りにいかない山や川を作り直したりすることも同じです。子どもたちは経験を通じて「意味」を見つけ、それを自分なりに学びへと変えていくのです。
人はこうした実体験の積み重ねから、「これはこういうことなんだ」と理解を深め、次の行動を選んでいきます。この“意味づけ”の力こそが、人間らしい学びや行動の源泉であり、社会の中で生きるうえでの基盤になります。
だからこそ、AIがどれだけ進化しても、子どもたちが幼児期に「自分で考え、気づき、感じ取る」経験を重ねることの価値は失われません。むしろAIと共に生きるこれからの時代においては、非認知能力を育むことがますます重要になっているのです。
幼児期の遊びが非認知能力を伸ばす理由
ー 幼児期の遊びが、非認知能力を伸ばすと言われるのはなぜでしょうか。
内田先生:
幼児期の遊びは、ただの余暇活動ではなく「学びそのもの」です。子どもは遊びや日常生活を通して、社会に出ていくための大事な力を自然に身につけていきます。
■幼児期の遊びで育まれる3つの力| 育まれる力 | 具体例 | 育つプロセス |
|---|---|---|
| 集中力 | 積み木、ボタン留め | “やってみたい”を繰り返す中で持続力が育つ |
| 協調性 | ごっこ遊び、配膳の手伝い | 役割を分担し、折り合いをつける力が養われる |
| 探究心 | 砂遊び、工作 | うまくいかない経験から試行錯誤する力が育つ |
まず、好きなことに夢中になる経験は「集中力」を育てます。積み木を高く積み上げては崩し、また挑戦する―その繰り返しの中で「続けてみよう」という持続力が養われます。衣服のボタンを一つずつ自分で留めようとする場面も同じです。「難しいけれどやりたい」という気持ちが、集中力を支える基盤になります。
次に、友だちと一緒にルールを決めたり役割を分担したりすることで「協調性」が育まれます。ごっこ遊びで役割を決めたり、給食の配膳で「お皿を運ぶ人」「スプーンを配る人」に分かれたりするなかで、相手と折り合いをつける力が育ちます。食べこぼした友だちを自然に手伝う姿も、協調性の芽生えといえます。
さらに、思い通りにいかない場面に出会うことで「探究心」が芽生えます。砂場で水を流しても川ができないときに試行錯誤するのと同じように、靴がなかなか履けないときに「足をぐっと入れたらいいかな」「かかとを引っ張ってみよう」と考えながら工夫していく姿が見られます。
このように、遊びや生活の中の一つひとつの経験は、一見すると単なる「練習」や「失敗」に見えます。しかし実はそこにこそ、集中力・協調性・探究心といった非認知能力が自然に育まれるプロセスが隠されています。
保育者が意識したい関わり方のポイント
ー 保育者が「遊びの環境」を整えるうえで意識すべきポイントはありますか?
内田先生:
まず大切なのは、子どもが「安心して挑戦できる」環境をつくることです。失敗しても叱られない、間違えても受け止めてもらえる―そう感じられることで、子どもは思いきって取り組むことができます。
■保育者が意識したい3つの関わり方
- 見守る:あえて手を出さず、子どもの試行錯誤を待つ
- 声をかける:結果より過程を認める言葉を伝える
- 環境を整える:自由に考えられる素材や空間を用意する
安心感は挑戦の土台です。たとえば絵の具を思い切り広げて机を汚してしまったときに「ダメ!」と頭ごなしに叱るのではなく、「大きく描きたかったんだね」と受け止めてあげる。そうした経験が「またやってみよう」という意欲につながります。
そのうえで、保育者には「見守る姿勢」が求められます。大人が先回りして手や口を出してしまうと、子どもは考える機会を失ってしまいます。ボタンがなかなか留まらずに苦戦しているときも、すぐに手を出すのではなく、あえて待つこと。「どうしたらできそう?」と問いかけることで、子ども自身が工夫し、解決策を探す力を育てることができます。
声かけにも工夫が必要です。「上手にできたね」と結果を褒めるだけでなく、「最後まであきらめなかったね」「夢中で遊んでいたね」と過程を認める言葉をかける。すると子どもは「挑戦することそのものに価値がある」と感じられるようになり、自分の行動を誇りに思えるようになります。
■子どもへの関わり方NG・OK例| NG | OK |
|---|---|
| できないとすぐに手を出す | “どうしたらできるかな?”と問いかけて考える機会をつくる |
| 結果だけを褒める | “最後まであきらめなかったね”と過程を認める |
| 失敗を叱る | “やってみたね”と挑戦そのものを受け止める |
さらに、遊びに使う素材の選び方も重要です。ブロックや積み木、布、段ボール、落ち葉や小石などの自然物といった、自由度の高い素材を用意すると、子どもは自分で遊びを広げていくことができます。たとえば段ボール箱ひとつから「電車」「家」「秘密基地」と次々に物語が生まれていく。正解が決まっている玩具よりも「どう遊ぶか」を子どもが考えられる素材こそが、非認知能力を育てる土壌になるのです。
ー 内田先生、ありがとうございました。
【編集後記】
遊びや日常の体験こそが、子どもの「非認知能力」を育てる大切な場であることに改めて気づかされました。
私たち大人の関わり方ひとつで、子どもの未来は大きく変わります。
次回は「デジタル依存が子どもの学力に与える影響」について、内田先生にお話を伺います。
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インタビュイー:内田伸子(うちだ のぶこ)
IPU・環太平洋大学教授、お茶の水女子大学名誉教授、十文字学園女子大学名誉教授。発達心理学・保育学を専門とし、幼児期の言語発達や非認知能力の研究で知られる。令和3年文化功労者、令和5年瑞宝重光章受章。NHK「すくすく子育て」などメディア出演多数。著書に『非認知能力を育む保育と言葉のちから』など。