子どもの未来を支えるのは、知識だけでは測れない力です。「社会性」「自制心」「創造力」といった“非認知能力”は、子どもが自分らしく生きるための大切な土台になります。
本連載では、IPU・環太平洋大学教授、お茶の水女子大学名誉教授、十文字学園女子大学名誉教授であり、発達心理学・保育学の第一人者である内田伸子先生にお話を伺います。
AI時代を生きる子どもたちに必要な力、そして保育者がどのように関わればその力を伸ばせるのか―。本連載では6回にわたり、「保育は未来をつくる仕事」というテーマのもとに、実践につながるヒントをお届けします。
連載ラインナップ
- 第1回 非認知能力とは?AI時代に必要な力を育む“幼児期の遊び”
- 第2回 デジタル依存で学力低下?紙と鉛筆で育つ子どもの思考力
- 第3回 学力格差の原因は家庭のしつけ?強制型と共有型で変わる子どもの力
- 第4回 自由遊びはなぜ語彙力を伸ばす?ごっこ遊びが育てる創造性のしくみ
- 第5回 保育者の役割とは?発達の最近接領域(ZPD)を支える援助の方法
- 第6回 保育の未来とAI時代の子ども支援
この記事のポイント
- 自由遊びが子どもの語彙力・創造性をどう伸ばすのかがわかる
- ごっこ遊びや音楽・運動・描画が「意味づけ」「論理性」の発達とつながる理由を理解できる
- 子どもの試行錯誤に寄り添う声かけと、創造性を伸ばす環境づくりが実践できる
自由遊びはどう語彙力を伸ばす?
ー 「自由遊びには語彙力を伸ばす働きがある」とのことですが、その理由について教えてください。
内田先生:
自由遊びが語彙力の発達につながるのは、子ども自身が主体となって言葉を使う場面が豊富に生まれるからです。
遊びの展開に合わせて、考えを言葉にしたり、友だちと折り合いをつけたりする中で、語彙が実践的に使われていきます。
たとえば、砂場で道具の貸し借りをしたり、お友だちに「いっしょにやろう」と声をかける。こうした自然なやりとりは、決して大人が教えようとして生まれるものではありません。
「なんでそう思ったか」
「どんなふうに遊びたいか」
子どもが自分の考えや気持ちを伝えようとするとき、語彙はどんどん広がっていきます。
反対に、大人が指示や説明を細かく出しすぎると、子どもは“自分で言葉を探す”必要がなくなってしまいます。自由遊びには、大人が過度に介入しないからこそ生まれる“言葉の余白”があります。その余白が、語彙の爆発的な伸びにつながるのです。
▼自由遊びの中で起きていること
- 自分の考えを言葉で伝える
- 友だちと相談・調整する
- 言葉を探しながらやりとりする
保育者は、子どものやりとりに耳を澄ませながら、必要なときにそっと言葉を返すだけで十分。言葉は本来、子ども同士の間で自然と育っていくものなのです。
ごっこ遊びが育てる創造性とストーリー構築力
ー 自由遊びの中でも、特に「ごっこ遊び」は子どもの創造性を高めるそうですね。
内田先生:
はい。ごっこ遊びが創造性を育てるのは、子どもが「自分で世界をつくり、意味づけしながら遊びを進めていく」活動だからです。その中で、語彙力・創造性・論理的思考が同時に育っていきます。
たとえば「お店屋さんごっこ」を思い浮かべてみてください。子どもは役割を決め、商品を用意し、値段を決め、やり取りの言葉をつくっていきます。
「いらっしゃいませー!」
「これ、いくらですか?」
「今日はセールですよ!」
こうした役になりきって話す言葉(役割言語)は、大人が細かく教えなくても自然に出てくるものです。子どもは生活の中で見聞きした場面を思い出しながら、「こういうときにはこんな言葉が使われる」と自分なりに意味づけし、その世界を言葉で再現しようとします。
ごっこ遊びにはストーリーを組み立てる力も求められます。「こうしたらこうなるはず」「次は何をしよう」と、場面と場面をつなぎながら遊びを進めていくため、因果関係を考える力や、筋道を立てて考える力が自然と育まれていきます。
さらに、ごっこ遊びは子ども同士の“交渉や協力の場”でもあります。
「ぼくは店員さんがいい」
「じゃあ、あとで交代しようか?」
「ケーキは、もう売り切れってことにしようよ」
こうしたやりとりを重ねながら折り合いをつけて遊びをつくっていくことが、創造性を育てる土台になっていきます。
| ごっこ遊びで育つ力 | 具体的な場面 |
|---|---|
| 語彙力 | 「いらっしゃいませ」「いくらですか」など、役になりきって話す |
| 創造性 | 自分で世界や設定をつくり、意味づけしながら遊びを広げていく |
| 論理的思考 | 「次はどうなるか」を考えながら、ストーリーをつないでいく |
ある園では、水たまりに映る光を見ていた子どもが、「光ってにげちゃうんだよ」と友だちに話していました。
これは、子どもなりに「光は動くものだ」という仮説を立て、それを言葉で共有しようとした姿です。ごっこ遊びや自由遊びの中には、このような“自分なりの意味づけ”や“試行錯誤”がたくさん隠れています。
音楽・運動・描画が語彙や創造性とつながる理由
ー 音楽や運動、描画などの活動は、語彙や創造性とどのように関わるのでしょうか?
内田先生:
これらの活動は、子どもの語彙や創造性の“表面に見える力”というより、もっと根っこの部分である「感じる・気づく・意味づける力」を育てます。ここが豊かになることで、言葉も表現も自然と広がっていくのです。
| 活動 | 育つ力 | 言葉・創造性とのつながり |
|---|---|---|
| 音楽 |
音を聞き分け、記憶する力 音の要素を組み立て直す力 |
音のパターンを聞き分け、 言葉のリズムや意味を捉える力につながる |
| 運動 |
体の動きと位置関係をつかむ力 試して確かめる力 |
「上・下」「前・後」などの語彙が、 体験と結びついて理解されていく |
| 描画 |
体験をイメージとしてまとめる力 イメージを形や物語で表す力 |
体験をイメージ・絵・言葉へと統合し、 思考と言葉をつなぐ |
音楽が育てる “言葉のリズムと情緒を読み取る力”
音楽活動は、リズムを楽しむだけでなく、音の強さ・長さ・高低の違いに気づく経験を通して、音のパターンを聞き分けたり、変化を予測したりする力を育てます。こうした力は、言語の発達に直結する大切な基盤です。
たとえば、「たん・たん・うん・たん」というリズムをまねて叩く活動では、聞いた音を記憶し、分解し、再構成する認知のプロセスが自然と働きます。これは、「話を聞いて理解する力」にもつながります。
運動が育てる“空間と言葉を結びつける力”
運動を通して、子どもは「上・下」「前・後」「速い・遅い」といった空間や動きの概念を、体験を通して理解していきます。こうした経験が、語彙を“意味のある言葉”として定着させます。
また、挑戦や失敗をくり返す中で、「どうしたらできるかな?」「次はどっちに行こう?」といったやりとりが生まれ、思考の道筋を言葉にする力も育っていきます。
描画が育てる“象徴化・ストーリー化・言葉の統合”
描画は、体験したことをイメージにし、線や色で表現し、さらに言葉で意味づけるという、思考と言葉を結びつける活動です。
子どもが描いた絵を前に、「風がぐるぐるしてる」「ピカピカのおひさま」と説明する姿は、体験・表現・言語化が統合されている証拠です。描画は、創造性を育てると同時に、言葉の力を深める大切な経験でもあります。
「成果より過程」を大切にする声かけ
ー 子どもの創造性を伸ばすうえで、保育者の声かけにはどんな工夫が必要ですか?
内田先生:
創造性を伸ばすカギは、“結果”ではなく“過程”を見ることにあります。
私たちはつい「上手にできたね」「きれいだね」と成果をほめてしまいがちですが、この声かけは「上手とは何か」「正しい形はどれか」といった評価を意識させてしまうことがあります。
それよりも、子どもがどんなふうに工夫したか、どんな気持ちで取り組んでいたかに注目して言葉を返すことが大切です。
●「この色を選んだんだね。どうしてこれにしたの?」
●「さっきより高く積めたね。どんなこと考えたの?」
●「何回もやり直していたね。工夫していたのが伝わったよ」
こうした声かけは、“自分の考えや方法を大切にしていいんだ”という自信につながります。プロセスを見守り、試行錯誤そのものに価値を見出す。これが創造性を育てる関わりの基本です。
自由遊びを広げる環境づくりのヒント
ー 保育の場で、自由遊びをもっと広げるための工夫はありますか?
内田先生:
自由遊びが豊かになるかどうかは、環境づくりに大きく左右されます。ここでは、すぐに取り入れられるポイントを3つご紹介します。
| ポイント | 環境づくりの工夫 | 結果的に育っていく力 |
|---|---|---|
| 素材 | 使い方が決まっていない素材を用意する | 語彙力・創造性・協働性 |
| 空間 | あえて余白を残し、配置を子どもに委ねる | 主体性・空間を把握する力・先を見通す力 |
| 関わり | 見守りを基本に、必要なときだけ言葉を添える | 思考力・試行錯誤する力 |
① 使い方が限定されない素材を用意する
布や段ボール、空き箱、廃材など、用途が決まっていない素材は、子どもが自分で意味づけをしながら遊びをつくる余地を広げます。
布1枚でも、「マント」「テント」「赤ちゃんのおふとん」「湖」など、子どもによって使い方はさまざまです。
使い方が決まっていない素材は、語彙を出し合い、アイデアを交換しながら、遊びを協働で発展させる力を自然に引き出してくれます。
② 余白のある空間をつくる
環境は整えすぎないことも大切です。子どもが自分で構成できる“余白”を残すことで、主体性や空間認識が育ちます。
棚にあえて何も置かない場所をつくったり、仕切りやマットを動かせるようにしたりすることで、子ども自身が「どう使うか」を考える役割を担えるようになります。
余白があるからこそ、「ここ、お店にしよう」「この箱、トンネルにできるよ」といった対話が生まれ、遊びが広がっていきます。
③ 保育者は“伴走者”として関わる
自由遊びでは、保育者は主役にならず、子どもが主役でいられる距離感を大切にします。
大切なのは、「見守る→必要なときにだけ言葉を添える→ふたたび見守る」という関わりのリズムです。
たとえば積み木が倒れたとき、「どうしたら倒れにくくなるかな?」とヒントだけを返すことで、子ども自身が考え、再挑戦する機会が生まれます。
答えを示すのではなく、子どもが自分で考えられる環境をそっと整えることが、自由遊びの質を高めます。
ー 内田先生、ありがとうございました。
【編集後記】
自由遊びは、一見すると“遊んでいるだけ”のように見えるかもしれません。しかしそこには、語彙力、思考力、創造性と、子どもがこれから生きていくうえで欠かせない力が育つ大切なプロセスが詰まっています。今回のお話を伺い、遊びそのものが子どもにとって“学びの入り口”であることをあらためて感じました。次回は、子どもの挑戦を支えるうえで欠かせない「発達の最近接領域(ZPD)」と、保育者がどのように援助していけるのかについて詳しく伺います。
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インタビュイー:内田伸子(うちだ のぶこ)
IPU・環太平洋大学教授、お茶の水女子大学名誉教授、十文字学園女子大学名誉教授。発達心理学・保育学を専門とし、幼児期の言語発達や非認知能力の研究で知られる。令和3年文化功労者、令和5年瑞宝重光章受章。NHK「すくすく子育て」などメディア出演多数。著書に『非認知能力を育む保育と言葉のちから』など。