子どもの未来を支えるのは、知識だけでは測れない力です。「社会性」「自制心」「創造力」といった“非認知能力”は、子どもが自分らしく生きるための大切な土台になります。
本連載では、IPU・環太平洋大学教授、お茶の水女子大学名誉教授、十文字学園女子大学名誉教授であり、発達心理学・保育学の第一人者である内田伸子先生にお話を伺います。
AI時代を生きる子どもたちに必要な力、そして保育者がどのように関わればその力を伸ばせるのか―。本連載では6回にわたり、「保育は未来をつくる仕事」というテーマのもとに、実践につながるヒントをお届けします。
連載ラインナップ
- 第1回 非認知能力とは?AI時代に必要な力を育む“幼児期の遊び”
- 第2回 デジタル依存で学力低下?紙と鉛筆で育つ子どもの思考力
- 第3回 学力格差の原因は家庭のしつけ?強制型と共有型で変わる子どもの力
- 第4回 自由遊びはなぜ語彙力を伸ばす?ごっこ遊びが育てる創造性のしくみ
- 第5回 保育者の役割とは?発達の最近接領域(ZPD)を支える援助の方法
- 第6回 保育者に求められる専門性とは?科学者と芸術家の視点で考える保育
この記事のポイント
- 発達の最近接領域(ZPD)とは何かがわかる
- 子どもの「もう少しでできそうな力」を見つける視点を解説
- 保育者が意識したい「援助の距離感」と言葉かけのポイント
- 子どもの力を伸ばすために“しないほうがいい関わり方”も紹介
発達の最近接領域(ZPD)とは何か
ー 発達の最近接領域(ZPD)とは、どのような考え方なのでしょうか?
内田先生:
発達の最近接領域、いわゆるZPDとは「今はまだ一人では難しいけれど、少しの援助があればできそうな領域」のことを指します。できる・できないの二択で見るのではなく、その間にある“伸びかけの力”に目を向ける考え方です。
たとえば、
「最後まで一人でできてはいないけれど途中までは自分で考えている」
「友だちの様子を見ながらやり方を探ろうとしている」
そんな姿は、まさにZPDの中にいる状態だといえます。
この領域は、テストやチェックリストのような評価ではなかなか捉えることができません。子どもが迷ったり立ち止まったり、試し直したりしている“途中の姿”の中にこそ、その子の育ちの芽があります。
だからこそZPDは「教室で測るもの」ではなく、日々の遊びや生活の中で保育者が子どもをよく観察することで初めて見えてくるものなのです。
保育の現場には「もう少しでできそう」「ここまでは自分でやれた」そんな小さなサインがたくさん散りばめられています。そのサインに気づけるかどうかが、援助の質を大きく左右します。
「もう少しでできそうな力」を見つける3つの視点
ー 保育の現場でZPDを見つけるためには、どんな点に注目すればよいでしょうか?
内田先生:
ポイントは大きく3つあります。
①子どもの“途中の姿”を観察する
完成したかどうかではなく、
・どこで立ち止まっているのか
・何を工夫しようとしているのか
・どこまで一人でやろうとしているのか
といったプロセスを見ることが大切です。
うまくいっていないように見えても、頭の中では一生懸命考えている最中かもしれません。その瞬間こそがZPDです。
②友だちのまねをする姿に注目する
子どもは自分より少し先を行く友だちの姿を見て学びます。横でじっと見ていたり、あとから同じことを試してみたりする様子は「自分もできるかもしれない」と感じているサインです。
大人の指示では動かなくても、友だちの姿をきっかけに一歩踏み出すことはよくありますよね。それは子どもにとって“ちょうどよい難しさ”を友だちが自然に示してくれているからです。
「見て学ぶ」「まねて試す」という経験の中で子どもは自分の力の伸びしろを確かめています。このような場面は、ZPDを見つけるうえでとても大切な手がかりになります。
③家庭での経験を手がかりにする
家庭での遊びや生活体験は、園での姿にも深くつながっています。保護者からの
「最近、家でこんなことに興味をもっていて……」
「お兄ちゃんのまねをよくするんです」
といった何気ない一言がその子の育ちを理解する大きなヒントになることもあります。
家庭で積み重ねてきた経験はすぐに表に出るとは限りません。けれど、遊びの中でふとした瞬間に現れ「ここまでは知っている」「ここから先は少し難しい」という境目を教えてくれます。
家庭と園、両方の視点を重ねて見ることでその子の「次の一歩」がより具体的に見えてくるのです。
子どもを伸ばす援助-親切が迷惑になる瞬間とは?
ー 保育者として日々子どもに関わる中で、気をつけておくと良いことはありますか?
内田先生:
私がよくお伝えしているのは、「大人の親切が子どもの思考を止めてしまうことがある」という点です。
たとえば、何かに取り組んでいて迷っている子にすぐ答えを教えてしまう。すると子どもは「考える前に教えてもらう」ことを覚えてしまいます。
もちろん、すべてを放っておけばいいわけではありません。大切なのは、今この子は考えている最中なのか、本当に助けを求めているのかを見極めることです。
援助は早すぎても遅すぎてもいけません。その“ちょうどよい距離”を保つことが保育者の専門性だと思います。
保育者が意識したい「かけたい言葉・避けたい言葉」
ー 子どもの育ちを支えるために、言葉かけで意識したいことはありますか?
内田先生:
言葉かけは、援助の中でもとても大きな影響を持ちます。
「ちがうよ」「早くして」こうした言葉は無意識のうちに比較や評価につながり、子どもの思考を止めてしまうことがあります。一方、「どうしようと思ったの?」「ここまで考えたんだね」といった言葉は答えを教えるのではなく、考え続けられる余白を残します。
子どもが「自分で考えていい」と感じられることが、ZPDを支える力になります。
| 言葉かけの方向性 | 言葉かけの例 | 子どもへの影響・育ちの視点 |
|---|---|---|
| かけたい言葉 (良い例) |
・どうしようと思ったの? ・ここまで考えたんだね ・ほかのやり方もありそうだね |
・考えた過程に目を向けることで、子どもが安心して思考を続けられる ・発想が広がり、「自分で考えていい」という感覚が育つ |
| 避けたい言葉 (悪い例) |
・ちがうよ ・早くして ・○○ちゃんはできているよ |
・正解・不正解や比較を意識させ、考える前に思考が止まりやすくなる ・焦りや不安につながり、自信を失いやすい |
子どもの“挑戦を支える脇役”としての立ち位置
ー 保育者はどのような立ち位置で関わることが大切でしょうか?
内田先生:
主役は、いつも子どもです。保育者は前に立って引っ張る存在ではなく、子どもが安心して挑戦できる土台をつくる存在だと考えています。
失敗しても大丈夫だと思えること。やってみようと思えること。その安心感があるからこそ、子どもは自分の力を信じて一歩踏み出すことができます。
保育者の役割は「正解を示すこと」ではありません。子どもが迷い、考え、立ち止まりながらも前に進めるようそっと環境を整えることです。
教えすぎないこと。言いすぎないこと。そして、待つこと。
それは決して「何もしない」ことではなく、子どもの力を信じ、その成長のタイミングを尊重する高度な援助なのです。
ー 内田先生、ありがとうございました。
【編集後記】
子どもにできるようになってほしい、伸びてほしいと思うほど、私たちはつい「教える」「手を出す」方向に傾いてしまいがちです。けれど今回のお話を通して見えてきたのは、子どもの力を信じて待つこと、考え続けられる環境を整えることも立派な専門性である、ということでした。保育者が前に出すぎず「賢い脇役」としてそっと関わることで、子どもは安心して挑戦し、自分の力で一歩を踏み出していきます。
次回はいよいよ最終回。保育者自身が学び続ける意味や「子どもと共に育つ保育の喜び」について、内田先生に伺います。
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インタビュイー:内田伸子(うちだ のぶこ)
IPU・環太平洋大学教授、お茶の水女子大学名誉教授、十文字学園女子大学名誉教授。発達心理学・保育学を専門とし、幼児期の言語発達や非認知能力の研究で知られる。令和3年文化功労者、令和5年瑞宝重光章受章。NHK「すくすく子育て」などメディア出演多数。著書に『非認知能力を育む保育と言葉のちから』など。