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認知症の妻の介護でみえたこと−介護家族と医師の視点から その後 vol.2 転居 −環境の変化は悪いか−

2015-03-06

昨年暮れに住み慣れた一軒家からマンションに転居した筆者と妻。家を売って賃貸マンションに引っ越す決意をなぜ下したのか? 引っ越しに際して認知症である妻が不安にならないように夫である筆者がどのように対応したか? 環境の変化が必ずしも悪いとは言えない。むしろ認知症の人がより相応しい環境で生活しているかが大切だという。

転居の理由

昨年初め、妻と二人で20年近く暮らした住宅地の一戸建てを転居して売りに出すことにしました。その理由は二つほどあります。

一つは、家が二人で住むには大き過ぎるようになったからです。

大きいといっても、その住宅地では平均的造りで、一階は広いダイニング、キチン、浴室、トイレ、二階は大小4つの部屋でした。

2004年から妻の介護と家事全般をこなしてきた60歳代後半の私ですが、家事のなかで掃除がだんだん疎かになり、家の中も外もだんだん薄汚くなってきました。といってもそのことで生活に大きな支障が出るわけではなく、来客も少ないから、汚くなることがあまり気にならなくなったのです。

在宅介護の「コツ」の一つは、要領よく手を抜くことを覚えることですが、妻の直接的な介護 −紙パンツを換える(1日4回)、濡れた衣服や寝具を換えるなど− と別に間接的な介護 −掃除、洗濯、料理など− も上手に手を抜くことを覚えてきました。

そのなかで掃除は、少なくとも1週間に1度と決めていましたが、掃除の難しさは大きなゴミや汚れを取り除くと、それまで気付かなかった小さな汚れが目立ち、際限がないということです。小さなゴミや汚れを無視するか気付かないようにすると、結果的に大きなゴミも汚れも気にならなくなり、ますます家が汚くなっていき、意欲を失っていったのです。

大きな家よりもっと小さい家、しかも賃貸でよい、マンションまたはアパート −3LDKほど− がよいだろうと思うようになりました(注1)。

もう一つの理由は経済的なことです。

介護生活を始めてからは年金が主たる収入です。介護生活が始まると、なにかとお金がかかります。介護保険サービスを利用するとそれ相応の支出が伴います。二人で蓄えた預貯金を取り崩して生活に充てなければなりません。いずれはなくなる可能性があり、預貯金を補うものとして、私名義の自宅の建物と土地という不動産がありました。これもいずれは現金化しておかなければならないと思っていました。しかし預貯金が底をついてから売ったところで売れるという保証はありません。売るならこの時期だと売却を決めました(注2)。

転居先探しから売却

一軒家である持家から賃貸マンションに転居するだけでなく、家を売るという大きな仕事が加わりました。転居先探し、入居手続き、引っ越し、売買契約、家具等の処分、リフォームなど、妻を介護しながら私一人でしなければなりませんでした。幸い、思いのほかスムーズに仕事がはかどり、新たに住む古いマンションも居住地も快適です。

この転居や売却は妻に相談することなく進めました。妻の認知機能は相談を受けるほどのレベルではなく、むしろ転居、売却の話を出すと不安、不穏になるのではと危惧し、相談は一切しませんでした(注3)。

妻の転居

いよいよ妻をマンションに連れていくことになりました。妻がデイサービスセンターに行く日に合わせて「引っ越し」を行いました。朝9時ごろ、妻はデイの送迎車に拒むことなく乗りました。その直後から引っ越し業者が家具などをトラックに積み込み、同一市内のマンションに運び、部屋に移しました。スムーズな作業でした。

今までよりはるかに狭いマンションの一室を、妻の部屋と決め、帰宅したらすぐに休めるようにベッドなどを置きました。夕方、デイサービスセンターから送迎車で帰宅するのを元の家で待ちました。家のなかは処分する家具が置かれゴミが散乱していたので、妻を家に入らせないで、自家用車に乗せることにしました。

出かけるときによく話しかける「診療所に行こう」という言葉で誘うと、幸い拒否することなく乗ってくれました。マンションに着くと、妻は診療所のことは忘れており、「とりえあえずここで休もう」と声をかけて、車椅子に乗った妻を6階にエレベータで上げ、部屋に入れました。ベッドを置いた、まったく様子が異なる部屋に困惑した様子もなく、ベッドに腰を掛けて休みました。これまで、途中で拒否でもされたらどうしようとの心配はありましたが、ひと安心でした。

新たなケアマネジャーとサービス

元の居住地で、妻は週4回のデイサービスと月1回6泊7日のショートステイを利用していました(注4)。同一市内の転居ですが、デイサービスもショートステイも別の介護事業者を利用することになり、担当のケアマネジャーも変わりました。

転居前に、ケアマネジャーが探してくれた新しいケアマネジャーが、元の自宅を訪問してくれ、妻の状態の確認や転居後の介護保険サービスの利用について私の希望を聞いてくれました。

転居後は、新しく利用する予定のデイサービスセンターの担当者が自宅を訪れ、同じく妻の状態を把握しながら、サービス利用についての説明をしてくれました。私の希望で利用は週3回に減らしました。利用に伴う支出を減らしたいことと、デイサービスの利用回数を減らしても介護生活に大きな影響はないなどの理由からでした。

また別の事業者のショートステイについても、担当者が自宅を訪れ、同じように妻の状態を知り、サービス利用の説明がありました。これも4泊5日と減らしました。デイサービスと同様に支出を減らしたことが主な理由であり、妻のショートステイ中に私の1泊2日の旅の支出も減らしたいためでした。

デイサービスもショートステイも、事業者が変わっても順調に利用でき、転居することによって、妻と私の生活に大きな負担が生じなかったことは幸いでした。

転居後、介護上の最大の問題は、マンションの部屋の鍵のことでした(注5)。これを除けば、転居したことの欠点はほとんどなく利点が多かったのです。妻にとってはどうかわかりませんが、太秦は私にはとても住み心地がよく、予想外に新しい生活をエンジョイしています。

説明と私見 −生活環境という認知症の要因−

認知症の人にとって「環境の変化はよくない」と言われることがありますが、一概に環境を変えることが悪いとは言えません。確かに、住み慣れた家で生活を続けることで落ち着いている認知症の人もいるでしょう。デイサービスセンターという環境の変化で不穏になり、「帰る」と言い張り外に出ようとする認知症の人もいます。

あるいは、認知症の人が自宅で生活していても、介護に疲れて余裕のない介護家族の不適切な言動によって落ち着かなくなったり、逆に自宅ではないグループホームにおいて、認知症介護の知識と経験を備えたスタッフによる介護で、活き活きとすることもあります。後者は生活環境を変えることが結果的に認知症の人によく影響したと考えてよいでしょう。

問題は、環境を変えることそのもののではなく、認知症の人がより相応しい環境で生活しているかどうかということです。

昨年のコラム「認知症理解のための医学知識」の第5回で「 認知症の1次要因と2次要因」について解説しました。ここで2次要因を「身体状態」「精神状態」「生活環境状態」に分けました。ここでいう「環境」とは「生活環境状態」のことです。

この生活環境状態を規定するものが「人的環境」と「物的環境」です。

認知症の人を直接介護している人のことです。介護者が認知症について理解があり、認知症を持った人のことをよく知り、介護の知識と技術も適切で、さらにはよい人間関係のなかで介護にあたることは、認知症の人によい影響を与えます。こうした環境を変えることは、避けるのが望ましい。

認知症の人が生活する場のことです。住み慣れていて落ち着ける自宅や、和めるグループホームといった物的環境は認知症の人によい影響を与えます。逆に,長く暮らした田舎の一軒家から都会の高層マンションの一室での生活を強いられることは,認知症には悪く影響します。人的物的によい環境が相補的に働くことで認知症の人がよりよい生活を営むことができるでしょう。

今回の在宅介護半ばでの転居は、認知症の妻にどのような影響を及ぼすか、相談して決めるわけにもいかず、私一人の決断で行いました。

記憶障害の激しい妻のことであり、転居の日に「引っ越しをする」と言っても理解できないだろうし、その時々に理解でき安心できる声掛けで、不安や不穏に陥らないように配慮しました。納得してくれそうな「診療所に行こう」「とりえあえずここで休もう」で十分だったようです。さらに物的環境としてもマンションの部屋が引っ越し同日でも、すこしでも違和感がなく心地よいように工夫したつもりです。

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