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認知症の妻の介護でみえたこと−介護家族と医師の視点から その後 vol.8 感情、幻覚・妄想など

2015-08-26

認知症の妻の在宅介護を始めたころ、数分前のことを覚えていない顕著な記憶障害に気づきました。同時に、「怒りの感情」が頻繁に現れ、戸惑いました。その他、幻覚・妄想、無関心、執着心といった精神症状も認めました。と同時に、人としての喜怒哀楽の感情も失われてはいませんでした。こうした精神症状と中核的な症状―記憶障害などの認知障害―に基づくさまざまな状態にある認知症の妻を介護してきました。転居後、状態は基本的に同じなのですが、少し変化もみられたのです。

転居前

認知症の妻のさまざまな行動は認知機能障害で、おおよそ理解できることが少なくないのですが、介護する私を戸惑わせたことは頻繁に現れる怒りの感情でした。しかも、その感情のきっかけがはっきりしないことが多く、突然怒り出すのです。怒っていることに戸惑いながらその理由を問うても、認知症の妻が答えてくれるわけではありません。当初、傍にいてなだめすかしてみましたが、穏やかになるどころか怒りの感情が続き、強くなることもあったのです。こうした不思議で不愉快な感情の急変は、通い始めたデイサービスセンターでもあり、スタッフは「スイッチが入った」などと表現していました。

怒った認知症の妻を観察してみると、本人もなぜ怒っているのかわからなくなるようです。私が傍に座ったり部屋の見える範囲に居ると、あるいはテレビ画面が見えていると、その感情が消えることなくいつまでも続くようなのです。試しに、テレビを消してその場から離れ、私の姿が見えないようにすると、長くても30分以内に怒りの感情が収まることを知りました。

きっかけらしいことがなく生じる怒りの感情は、私や他人の姿、あるいはテレビの動画が刺激となって持続しているようなのです。誰も居ない、テレビもない部屋にいる状態に置かれると、妻の感情が鎮まるのです。こうした観察から、怒りの感情が現れると速やかにその場を離れることにして、うまく介護できるようになりました。

こうした感情を鎮静化するのに効果があるかもしれない、と向精神病薬(注1)を服用させたことがありますが、無効でした。それ以来、現在にいたるまで向精神病薬や睡眠導入薬など、向神経薬を一切使ってはいません。

認知症の人に幻覚・妄想が現れることがあります。妻の場合、多くはありませんが、「ベッドのそばに誰かが居る」「玄関の外で誰か呼んでいる」などと言うことがあり、主に幻視や幻覚でした。「田舎で親が待っている」などと言って夜間、外出しようとすることもありました。こういった妄想的な訴えがあると、話を聴きながら穏やかに否定するようにしましたが、思い込みが強いと妄想的言動は続きました。こうした場合には、訴えについては触れず、機会を見計らって話題を変えると、妄想的言動は少なくなりました。

認知症の場合の幻覚・妄想は、認知機能の一つの判断の低下に伴うことによると理解できないこともありません。

自分の生活空間や生活への無関心は顕著でした。周囲にゴミが多くても、寝具や服が汚れていても、紙パンツの中に尿や便が貯まっていても、ほとんど関心がないのです。不思議なことに、私の体調が悪く、買い物も料理もできないで妻に食事を用意できないことがありましたが、食べることにも関心がなくなったようで、食事を要求することもありませんでした。

また現在の生活を心配することもなく、将来の経済的な不安もなく、生活を営むことにまったく無関心なのです。また不思議で理解に苦しむことですが、私が傍に居ても、あたかも居ないかのような行動を取ることも少なくありませんでした。

認知症の妻が、「自分の世界」に閉じこもって生きているように見えることもありました。

強い執着心をたびたび見かけました。汚れた衣類を私が着替えさせようとすると、頑なに拒みました。あるいは食事のとき、食べ物がほとんど残っていない食器の底を箸でつまみ取ろうとすることもありました。こうしたとき、そのことが認知症の妻にあまり害や不 認知機能の低下で変化を好まないという精神状態から、執着心が生まれると理解しています。

妻は認知症になっても、人としてのすべての精神活動が変化してしまうわけではありません。怒りの感情、無関心、執着心が現れることが多いにしても、精神状態が比較的穏やかなとき、テレビのお笑い番組を観て笑ったり、子どもが水死したというニュースを聴いて泣いたり、といった人としてふつうの感情―喜怒哀楽―を示すこともありました。

あるいは家に居ても「ここは何処?」と言って尋ねたり、突然「これからどうなるの?」と言って不安な表情をすることもありました。

転居後

上記のいくつかの精神状態が、転居によって急に変わったということはありません。転居前からすでに、精神状態のよい変化が観られていたのです。認知症の中核症状である認知機能障害はほとんど変わりなく、数分前のことをすっかり忘れるという激しい記憶障害は同じです。しかし、それ以外の精神状態が全般に穏やかになり、一部の認知機能が少しよくなっているとみています。

怒りの感情は相変わらず見かけますが、頻度は少なくなっています。

すでにこの連載で書きましたが、1日4回の紙パンツ交換は、1回とも欠かすことができない介護のひとつです。この交換時に、怒りの感情―この場合きっかけが理解できないことはない―を伴って拒んだり、私を蹴ることが少なくありませんでしたが、最近、拒むことも、怒りの感情も、少なくなりました。

認知症の妻は、転居後も常時失禁―便と尿―しているのですが、自らトイレに行って排泄することが多くなってきました。尿が多く貯まった紙パンツを、不愉快とは思わないことに変わりはないのですが、大便については、便意を催してトイレに行くようです。この場合も、すでに紙パンツのなかに排便していると、無関心のままです。また尿で膨れた紙パンツを自分から脱ぐ、あるいは交換するということはできていません。

説明と私見

妻の病名は「非ヘルペス性辺縁系脳炎」です。辺縁系または大脳辺縁系の炎症で、その原因がヘルペスウイルスによらないという意味の病名です。辺縁系脳炎の原因は、ウイルスの他に細菌、腫瘍、免疫など多彩です。

妻の場合は当初、血液中の腫瘍に関係する生体指標―最もよく知られたCEA(注2)―が異常に高く、全身のどこかに腫瘍があってそれに伴う脳炎―傍腫瘍性辺縁系脳炎―と疑われました。しかし妻の身体状態が安定してか全身の検査で腫瘍―肺がん、胃がん、卵巣がんなど―が認められませんでした。またCEAの値も正常になったのです。また血液検査でヘルペスウイルスに感染した証拠もなく、結果的に原因不明、または自己免疫による辺縁系脳炎とされました。もっとも血液検査で自己免疫性辺縁系脳炎と断定できていません。

いずれにせよ大脳辺縁系の炎症がいつまで続くというわけではなく、急性かつ一時的で、収まります。

大脳辺縁系は、大脳の深い部位にある発生学的に古い一連の脳組織で、短期記憶の場である海馬を含みます。大脳辺縁系は記憶のほかに情動、自律神経の活動の場とみなされています。

このため、この部位の炎症が収まると、損傷されたが死滅してない神経細胞が再生し、神経ネットワークが再構築されることが期待されます。こうした短期記憶障害は残るとしても、その他の認知機能が一部回復したためか、自らトイレに行くようになった、あるいは怒りの感情も少なくなった、とも解釈できます。なお認知症の妻の場合、自律神経障害は認めてはいません。

認知症は、その原因疾患別に症状や経過が異なり、介護もそれぞれ相応しい工夫をしなければなりません。

認知症の原因としては、アルツハイマー病が最も多いのですが、この場合、症状は何年もかけて進行します。悪化した精神状態や身体状態に合わせた介護をしなければなりません。

他方、正常圧水頭症による認知症は、早期発見、早期治療で治ってしまうことがあります。介護ではなく治療が最優先で、治癒後、認知症介護が必要なくなることもあります。

認知症の原因として多くはありませんが非ヘルペス性辺縁系脳炎の場合、後遺症は多様で、ごく軽い記憶障害に止まることもあり、妻のように重い記憶障害が残ることもあります。しかし認知症という後遺症は進行性でなく、神経細胞と神経ネットワークの再構築に伴いゆっくりではあるが認知機能が改善することもあるのです。

これが2008年7月に発病し、8年目に入った妻の現在の状態です。

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