認知症の妻の介護でみえたこと−介護家族と医師の視点から その後 vol.10 成年後見制度

2015-11-04

2000年の介護保険制度の導入に合わせて始まった「成年後見制度」は、認知症の人たちにとって画期的な制度です。認知症の妻を介護するなかでこの制度の利用を検討したことがあります。

転居前

妻が認知症になって妻名義の預貯金を引き出すことについて、「ゆうちょ銀行」と「地方銀行」で対応の仕方が少し異なりました。「ゆうちょ銀行」のほうは、よく利用していた郵便局の局長に事情を話すと、特に手続きもなく妻の通帳と印鑑を用意するだけで簡単に全額引き出すことができ、私の「ゆうちょ銀行」の口座に入金しました。この際、妻の「ゆうちょ銀行」は解約しないでおきました。

他方「地方銀行」のほうは、私自身、利用する機会が少なかったのです。近くの支店に行き、副支店長に事情を話すと「本来ならば後見人を立ててもらうところですが」と言われ、我が家を訪れ妻の状態を観ました。結果的には通帳と印鑑だけで全額引き出し、同じ地方銀行の私の口座に入金しました。これで妻の預貯金も含めすべて私が管理できるようにしたのです。

認知症の妻が障害年金を受給できるようになると、当然のことながら妻名義の口座に振り込まれます。妻の「ゆうちょ銀行」の口座からは、私がキャッシュカードと暗証番号でいつでも引き出せます。「成年後見制度」を利用することはなかったのです。(注1)

認知症の妻は一人娘で、田舎住まいの両親の財産をすべて相続できる立場にありました。

父親が亡くなったとき、母親の意向で資産価値の乏しい土地と建物を相続することになりました。田舎の司法書士がその手続きをしましたが、印鑑と印鑑証明があればよいとのことでした。私たちが住む区役所に出向き、新たな印鑑で妻の印鑑証明の登録手続きを私が代理人として一人で行いました。妻が同席する必要はありませんでした。こうして簡単に妻の印鑑証明が取れたのです。証明の写しと印鑑を司法書士に送りました。しばらくして妻名義の不動産の登録を済ませたという書類が届きました。この手続きの費用は母親が負担しました。後に、認知症の妻が相続を受けるとき「成年後見制度」を利用する必要はないと聞きました。妻が処分するときは制度の利用が必要です。

その後、田舎で一人暮らしの母親が亡くなりました。母親亡き後、住む人はなく「空き家」となったのです。その建物と土地の処分をどうするか決めないで様子をみることにしたのです。

1年ほど経過し「空き家」のままでしたが、町が「空き家バンク」の制度を始めると親戚から知らされたのです。「空き家バンク」に登録すると、その情報がネットを通して全国に伝わり、購入希望者が現れやすいという利点があるのです。バンクへの登録と情報提供は町の業務として行うが、実際の売買は不動産業者団体が行うことになっています。その団体の不動産鑑定士が、実際に「空き家」を観たうえで「空き家バンク」に登録可能な物件と判断しました。その際、名義人である妻が認知症であることを知ると、「成年後見制度」の後見人を立てないと売買できないと説明があったそうです。このことを担当する町役場の人から電話で伝えられました。

いよいよ「成年後見制度」の申立の手続きを始めることにしました。

私が住む市にある「家庭裁判所」の「後見センター」を電話で予約したうえで訪れました。担当の裁判所の事務官から簡単な説明を受け「後見申立セット」と表に印刷された大きな封筒が渡されました。

この封筒には解説書と以下の提出書類の用紙が入っていました。

「成年後見人申立書」「申立事情説明書」「親族関係図」「本人の財産目録」「本人の収支状況報告書」「後見人等候補者事情説明書」「診断書」「診断書付票」「戸籍謄本」「住民票」「登記されていないことの証明書」

このうち最後の「登記されていないことの証明書」は、解説書を読むと、すでに後見人がついていないことを確認する、東京にある法務局が発効する証明書なのです。

申立に要する費用は、申立料が800円、後見人を登記した場合の料金が2,600円、医師の鑑定が必要となればさらに10万円ほどが必要になります。さらに郵便切手代として2,980円が必要でした。この切手代は家裁が必要な聞き取りなどを郵便で行う場合に要する切手代のことです。例えば私の一人娘が後見についてどう考えているかの情報を得るために書類を家裁が郵送した場合に充てるそうです。その他、診断書や戸籍謄本を得るための費用も申立人の負担となります。(注2)

急を要する手続きではなかったので約1ヵ月かけて介護の合い間、証明書や資料を集め、書類を作成し、家裁に持参しました。後見センターの事務官は書類がそろっているか確認したのち、「申立」を受理したとして後日の詳しい聞き取りのため来所するように言われました。

指定された日に再び家裁を訪れ、事務官から聞き取りと説明がありました。そのなかで後見人には裁判官は私ではなく弁護士を選任する可能性が高いと聞きました。申立を受理した後の裁判官の意見として事務官が伝えたもので最終的な決定ではないが、ほぼ間違いないだろうと説明がありました。(注3)

この話を聞いて迷いました。人生の最期を送っている私たち二人の生活に、まったく知らない弁護士という他人が突然に介入するということは受け入れ難かったのです。弁護士という後見人は、私たちの資産管理に止まらず、金銭にからむ私たちの生活まで覗くことになるのです。赤の他人の弁護士に生活が監視される恐れがあります。さらに資産価値の田舎の不動産―建物と土地―の処分のために選任された弁護士に家裁が認めた額の報酬―月額5,6万円―を後見が終了するまで支払うことになるのです。これもまたとうてい受け入れられません。

私は、その場で申立を取り下げたいと事務官に伝えました。受理されるとは限らないが、とりあえず「取り下げ書」を提出するよう言われたのです。数日後、事務官から「受理された」と電話で伝えられ、ほっとしました。

無駄で長い作業でしたが、「成年後見制度」の一端を見た思いです。

認知症の妻に後見人を立てないことにした結果、「空き家バンク」の登録はできなくなり、妻名義の不動産はどうすることもできなくなり、現状維持となったのです。

田舎とはいえ人が住まない「空き家」は庭の樹木は伸びるにまかせ、火災の危険も皆無ではありません。「空き家」状態は近隣に迷惑をかけるのです。更地にすることも考えましたが、これも不動産処分であり、私の一人の判断でできるかどうか確かめませんでした。それ以上に、更地にするための経費も高く、躊躇しました。また更地にすると固定資産税も高くなると言われています。

転居後

転居とは関係ない話ですが、時期的に転居後、妻名義の「空き家」を買いたいという人が現れたのです。その独身の男性は同じ田舎の出身で、関東で長く生活し、高齢になって兄弟の居る生まれ故郷で生活を送りたいというのです。実家に住むわけにはいかず、家を探していたところ、近隣に妻の「空き家」があると知りました。

またとないいい話だと売却したいと私の考えを伝えました。しかし、資格のない個人では不動産売買はできないだろうし、不動産業者が関わらないと取引はできないでしょう。

再度、認知症の妻の後見人を立てることを検討しました。

前回の苦い経験からあまり気が乗りませんでしたが、「成年後見制度」の利用を再検討しました。ちょうどその時期、司法書士会が「空き家問題」に関して無料で行っていた相談会に出向きました。相談の内容は「空き家」ではなく、もっぱら成年後見制度の利用についてでした。相談に応じてくれた司法書士は、私が後見人になれるはずだと断言するのです。

ということで、再び家庭裁判所の「後見センター」に電話しました。前回の申立のときの事務官は不在で、別の事務官が電話で相談に乗ってくれました。結論的には、前回と同じで私が後見人にはなれないだろう、弁護士が選任されるだろうということでした。(注4)

成年後見人になれるとは限らない、なれないだろうと含みのある回答でした。これでは前年と同じことで、「成年後見制度」を利用しないことにしました。

私がその田舎に出向き、親戚と購入希望者の兄弟とが同席する場を設けました。その場で、「成年後見制度」について説明したうえで妻の後見人を立てないことを理解してもらいました。そのうえで、「空き家」に購入希望者が管理人として暮らし、家賃なし、管理手当なし、さらに家の補修は管理人の負担とするという条件を示し、同席した人たちの全員の書類なしでの合意としたのです。

その結果、「空き家」は解消し、人が住む家に戻ったのです。

「成年後見制度」の導入のねらいを私なりに簡単に整理してみました。

「成年後見制度」が導入される以前、民法上、管理能力がない人は「準禁治産」や「禁治産」にされ、本人に代わる財産管理人―多くの場合、家族や親族―を家裁が認定しました。その人たちのなかに財産を禁治産者のためでなく後見人自らのために流用、悪用する事例や事件が後を絶たなかったのです。さらに一律に判断能力がないと禁治産宣告されるのではなく、残存能力に応じて本人の意思を尊重しながら、財産管理にふさわしい人を選任することが望ましいとの考え方から民法が改正され、新たに「成年後見制度」が導入されました。その時期は介護保険制度の導入と同じくしたのです。

介護保険制度では、サービス―介護保険給付―を利用する際、利用者本人とサービス提供者との契約に基づくことが基本とされました。しかし認知症の人の場合、判断能力の低下により契約が行えずサービスも利用できなくなる恐れがあり、後見人を付けることが相応しいといった背景から、二つの制度が同時期に導入されたのです。

後見人の権限は契約行為は可能としても、終末期医療や経管栄養などの医療については後見の対象外とする社会的コンセンサスがわが国には現存します。

後見の内容については本人の能力に応じて「広義の後見人」を「補助人」「補佐人」「後見人(狭義)」の3段階に分け、どの段階の後見人にするか、後見人を誰にするかは家庭裁判所が選任します。さらに、後見人が適切に財産管理などの業務を行っているかを監視する「後見監督人」も、家裁が選ぶことになっています。この後見監督の役割がほとんど活かされていないことの背景に、被後見人の財産を後見人―選任された弁護士も―が不当に処分するという事件が後を絶たないのが現状です。

なお「成年後見制度」にはこうした「法定後見」と別に判断能力が十分に残っている時期に、将来のおこりうる能力低下の際の後見人を自ら決められる「任意後見」の制度も新たに導入されました。

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