90歳、Mさんの自律

2015-03-18

人は「老い」を自分のこととして受け入れるのは難しい。常に自然体で自分の人生を受け入れ、誇りをもって生活しているMさんの「自律」とは?

「家」で暮らすことへのこだわり

90歳のMさんには、朝目覚めるとすぐにやることがある。カーテンを開けて、朝の光を入れ、窓を開けて、新鮮な空気を部屋に入れるのだ。

朝の光を浴び、空気を吸うと、老いた身体の細胞がひとつひとつみずみずしく蘇るような気がしている。「今日も元気で目覚めた」そのことを天に感謝する。枯れ木から新緑が芽吹き始めるこの季節は、特にMさんに生きる勇気を与えてくれる。

Mさんは、ときおり様子を見にやってくる孫にこう言う。

「私が子どものころよりはるかに医学が進歩したおかげで、人間はなかなか死ななくなったわ」「死ぬのもなかなか大変な時代になったわね。でも、私は長生きできて本当に神様に感謝しているの」

心配した子どもたちが、何度もMさんと一緒に暮らそうと言ってきたが、「まだまだ自分のことができるうちは・・」と言って、断り、ひとり暮らしを続けている。90歳にもなるのに、まだ一軒家で生活している。

すべてはゆっくりとMさんのペースで

もちろん、いろんなことが億劫になってきている。身体がずいぶんとしんどくなって、生活動作の一つひとつが、のろくなっている。

「以前のように動こうとしても身体が思うように動かないの。身体は動こうとしているのだけど、そういうふうに言うことを聞いてくれないのよ。じれったいわ」

でも、ゆっくりだったらなんとか家事もできるので、がんばっている。自分の家で暮らすことにこだわっているのだ。生活はゆっくりと規則正しい。

最近では、二階は使わず一階で寝起きし、住宅改修をして、要所要所に手すりもつけた。ヘルパーさんが週に2回やってきて、Mさんの生活をサポートしている。主に、力の必要な掃除機をかける作業や、極端にしゃがんだり、かがまなければならない風呂の掃除やトイレ掃除などである。

若いころから続けている書道の生徒さんが週に1回訪ねてくる。ここで若い人たちとおしゃべりするのがMさんの楽しみのひとつだ。

料理も買い物も自分で・・

料理は自分でつくる。食べることが大好きだから、インスタントは使わない。簡単なものでも、ごはんをちゃんと炊いて自分でつくったほうが美味しいと思っているからだ。

家は、一戸建てで、門から玄関まで20段ほどの階段を登らなければいけない。建てた当初はまだまだ若くて思いもよらなかったが、いまのMさんにとって、この階段の昇り降りは難行苦行である。しかし、それができなくなったら、ひとり暮らしの終わりのときだと思って、毎日苦労しながらも昇り降りしている。転倒しないように慎重に昇降する。もちろんここにも手すりをつけている。

買い物だって、ひとりで出かける。Mさんの家は住宅地なので、近くにスーパーはないから、最寄りの駅前のスーパーまで、バスに乗る。

「電車は乗降がむずかしいけど、バスだったら、運転手さんも親切だし、すぐ家の前から目的地の近くまで行ってくれるから、年を取った私のような人間にはとても便利なの」

「それに自分の目で食材や日常品は選びたいわ。お買いものをする楽しさをまだまだ味わいたいの。それが生きている証と思うから」

近所では、スーパーでも買い物したものを宅配する便利なサービスがあるから、重いものを持って帰る必要もなく、ちょうどよい外出にもなっているのだ。

老いとともに「生きる」尊さ

「こうやって、みなさんに助けてもらいながら、ひとりで暮らしていることが、私の生きがい。たしかに毎日しんどいけど、これが私のお仕事と思っているの」

1年前より、サポートしてもらうことの内容は増えてきたが、Mさんは、自分のいまを受け入れ、そこでできる限りのことをいつもやろうと努力している。

夫は5年ほど前に、がんで他界した。夫の最期も見事だった。もう自分は高齢だから、手術はしない。病院にも入院したくない。家で最期を迎えたい。

そのために、Mさんは、在宅診療や訪問看護、介護を入れて夫を支え続けた。最期のとき、夫は家族に見守られ、大好きなお酒をひと口含んで、和やかに笑い、旅立った。

そんな夫の分まで、精一杯生きたいとMさんは考えている。

「いまの私の目標は、2度目の東京オリンピックまで生きることですよ」

Mさんは、明るい声で笑う。「老い」とともに生きるMさんの自律。

Mさんの静かで規則正しい毎日は続く。

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