「看取り」の文化を日本に取り戻す - 下河原忠道氏インタビューvol.3

2015-09-21

介護の大きな課題として、「看取り」がある。いかに看取るかを、どのホームも考えてはいるが、いまだ確立されていないところもある。下河原さんが運営するサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀(ぎんもくせい)」では、看取りは当然のこととして実践する。しかし特別なものとはしない。毎日の暮らしの中に、自然に「死」があると考えるのだ。下河原さんの死生観は、今の一般的な死生観とは異なるように思える。しかし、聞けば聞くほど、日本古来の生命のとらえ方を全うしているようにも思えてくる。それは、下河原さん自身の生き方や、家族への思いにも重なっているようだ。

胃ろうも延命処置もしない看取りを貫く

もちろんです。うちが看取りまでやるということは、地域住民を集めるお祭りでも知らせていますし、入居契約のときも話し合います。

基本的に、「銀木犀」では自然死の形を推奨しています。胃ろうはしないし、延命処置もおすすめしていません。介護度を上げないように、日ごろから元気に動いてもらって、自分の意思でごはんが食べられなくなったら脱水、老衰で亡くなっていくのが、一番いいと思っています。

高齢者がガクンと体調を崩すのは、骨折や肺炎がキッカケになることが多いです。病院から戻ってきても、また体調が悪くなり、家族は心配になって、病院へ送り戻そうとしてしまう。でも、そこで病院に戻ってしまったら、胃ろうや延命処置をされてしまう可能性は高い。ずっと管でつながれて、天井をみつめる高齢者になってしまうんです。みなさん、本来そんなふうになりたくないんです。病院で管をたくさんつながれて死にたくない、といいます。僕らも、訪問医にみてもらいながら、ゆっくりとご自分らしく生ききるほうが、人間らしい最期だと思っています。

しっかりと話し合います。家族は自分の親の死期を決めたくないのが本音ですが、そこは覚悟を持ってもらいます。銀木犀では本人が飲めるだけ、食べるだけで看取ることを推奨しています。また、医療がその方の運命を変えない時が、終末期だと定義しています。最初、低栄養になって、脱水状態になって、衰弱していよいよ、となると、下顎呼吸が始まる。ハッハッという呼吸が、人によっては少し苦しそうに見えるかもしれませんが、長く続くわけではありません。

日本人はもともと、家で最期を迎えるのが普通で、生活の中に、身近に死があったんですね。それが、1976年ぐらいから、病院で死ぬのが当たり前になってしまった。でも、病院は病気を治すところであって、人が死ぬところではないはずです。だから、命の生存期間を延ばす教育を受けている人たちがたくさんいる場所ですから、どんな高齢者であろうが運ばれてくれば延命装置をつける場所なんです。

病院が悪いわけじゃないんですよ。国民が、死ぬ間際の家族を見るのが辛くて、病院に「後はお願いします」とやってしまうから。もっと国民一人ひとりが覚悟しなければいけません。土壇場になって、救急車を呼んだりしない。施設側も覚悟して、手間をかけていくことが大事だと思っています。

ここでも、ホスピスと同様のことができますよ。訪問医と連携し、数え切れないほど看取っていますから。

うちで亡くなられた方に、亡くなる間際、訪問医が「今、何を食べたいですか?」と聴いたことがあります。ケアマネさんによれば、この方は「認知症による摂食障害」だそうですが。でも、聞いてみたら、ハッキリと、「トロの寿司にしょうゆをたっぷりつけて食べたい」と言うんです。ぜんぜん摂食障害じゃないじゃないか、と(笑)。こんなとき、病院なら好きなものを食べることなんかできませんよね。サ高住での看取りのいい点だと思います。

ないですよ。そのときそのときに合わせて、命を送り出しています。死は特別なものでもないですしね。

うちでは、どのサ高住でも、要支援から要介護5まで、まんべんなく入居していただこうと思っています。明日亡くなってもおかしくない方も、入居してきます。だって、それが社会というものでしょう? 元気な方もいれば、もうすぐ亡くなる人もいる。みんながワイワイやっているときに、どこかの部屋で看取りが行われているのが、日本の文化だと思います。

家族もおばあちゃんたちに癒された

もちろんです。毎日、おじいちゃん、おばあちゃんたちに感謝しています。本当にやさしくて憎たらしいからね(笑)。心安らぐし、楽しく過ごさせてもらっています。

それに、うちの家族もね。僕の妹は有名な歌手なんですけれど。彼女が薬物中毒で壊れていたときに、サ高住に連れてきたんです。もう、ほとんど廃人のようになっていたんですけれど、おばあちゃんやおじいちゃんに優しくしてもらってね。それで、すごく助けられたんですよ。みんなで豚汁作ったり、スイーツ作ったり、買い物行ったりしてね。少しずつよくなっていって、何年も歌ってなかった歌を、歌う気になってくれた。

カラオケで、ばあちゃんたちにすすめられて歌ったんですよ、『津軽海峡冬景色』を。そりゃあ、「うまい!」って言われましたねぇ(笑)。僕も、感激しましたよ。うれしかったですねぇ。でも、ばあちゃんたち、妹が歌手だって知らないから。歌が終わったとたん、容赦なくマイクを取り上げて、「次、私だから」って(笑)。そういうところも癒されたんでしょうね。

そうですね、ここにいること自体が遊びみたいなもので、休みがほしいとか、そういうことも思わないのですが。もし、将来できるのなら、ホテル経営をしてみたいですね。サ高住は日常を過ごす場所なので、それとは別の非日常のコミュニティーの場を運営したらおもしろいかもしれないなぁと。

もともと、みんなで集まってコミュニティーを作るのが好きなんですね。高校時代は友達を集めてパーティーをやったりするのが好きでしたし。この間は、サ高住の入居者と地域の人たちが一緒になって、映画を観る会をしたんですよ。観た人がみんな感動してね、だれかれとなく涙流して、ひとつになった気がしましたね。そして、そのすぐそばで看取りの人がいたりするのが、うちらしさかな、と。

社会って、そんなふうにごちゃごちゃしている。そんなごちゃごちゃの中で、人は「生きている」と実感するんだと思いますよ。僕はこのごちゃごちゃの中で、死ぬまで元気で働けて行けたらいいなと思っています。

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