僕が介護現場で働きながら大学で学ぶ選択をしたきっかけ - 「ミライ塾」塾生体験記 vol.1

2015-08-31

大学や専門学校に通うために、介護現場で働いて給料を得、学費や生活費に充てる。その学生を徹底的にサポートする取り組みが、「ミライ塾」という新しいかたちとして今春からスタートした。その塾生第一号になったのが、佐々木零史さんだ。18歳の佐々木さんのフレッシュな体験談を連載というかたちで紹介していきたい。

関連サイト:ミライ塾

介護の仕事を始めると同時に、大学生活がスタート

介護の仕事を始めると同時に、大学生にもなり、4ヵ月が過ぎた。朝の4時に起き、6時から9時の間、仕事をする。

仕事が終わったら一度家に帰り、仮眠したり勉強をする。その後学校に行って授業を受ける。帰りはだいたい、23時ぐらいになる。

学校に行くのも仕事に行くのも、どちらも1時間以上かかるので、通学と通勤、これが一番大変だったりする。今ではもう慣れたが、始める当初思っていたより、少しばかり大変だった。

当初は介護の仕事に対してあまりよくないイメージが・・

僕が介護の仕事を始めるきっかけとなったのは、2014年の10月。家庭の事情が変わり、大学に入学することが難しくなった。働きながら学校に通おうと思い、就職活動をしていたが、うまくいかず、このまま進学せずに就職してしまおうか悩んでいた。

そんなとき、高校の進路指導部の先生から、介護の仕事に興味はないかと聞かれ、「ミライ塾」を紹介された。ミライ塾は、介護の仕事をしながら、給料をもらって、学費や生活費に充て、学校にも通えるしくみだという。

そのとき、僕は正直やりたくないと感じた。介護に対して良いイメージを持っていなかったからだ。世間でよく言われるように、「肉体的にも精神的にも辛い」とか「給料が安い」とか、そういった印象しかなかった。親にもこういう話があると相談してみたが、僕にはちょっと難しいんじゃないか、と言われた。

人の死に向き合わなければならない辛い仕事だが、そこから得るものは大きい

だが、とりあえず説明会ぐらいは行こうと思い、参加した。そこでは、ミライ塾のシステムと現役の介護士の体験談を聞いた。その体験談は、実際の介護現場での楽しかったことや後悔したことが話された。話を聞いて、僕は介護の仕事は責任が重いこと、人の死と向き合わなければならないつらいものだ、ということをまず感じた。

そして、奥平幹也さんという方に話を聞くこととなった。

その人は、今の介護の現状やそれについての考えに関して、いろいろな面からていねいに話してくれた。そのとき僕は、ミライ塾の塾生になろうと決心した。なぜなら、ミライ塾の塾生になることは、自分にとって得られる物が多いと感じたからだ。そして、自分でもやれそうだと思った。

僕は小学校低学年のころ、生まれたばかりの妹の世話をしたことがある。だから、この経験を介護のほうにも生かすことができるんじゃないか、と思った。

奥平さんに聞いてみると、バイトや他の業種の仕事に比べて、少し肉体的にかかる負担が大きいぐらいだと言われた。

話が終わった後、進路指導部の先生方に「将来社会に出て働くためにも必要だと思うのでミライ塾をやりたい」と伝えた。

僕が塾生第一号で、今までやった経験のある人がいないことや、責任がとても重いということを踏まえて、「やりたい」と伝えた。

推薦入試で大学合格、初任者研修を経て現場で仕事をスタート

親に介護の仕事をやろうと思う、と話すと、最初のうちは「介護の仕事は大変なんじゃないか、誰もやったことないから情報が少なくて不安だ」と言われ反対されたが、やりたい理由や自分にとって必要なことだということ、そして何にでも最初はあることを伝え、いろいろと話し合った。結果、最終的には親も自分を信じると言ってくれた。

こうやって、僕がミライ塾の塾生になることが決まった。

まずは、学校が決まらないと話が進まないので、12月の入学試験に向けて、受験の準備を始めた。

やがて12月になり、試験が始まった。推薦入試だったので、就職活動ほどの苦労はなく、無事合格することができた。受験が終わったことで本格的にミライ塾の話を進めた。4月から働くために、2月に介護職員初任者研修を受けて資格を取り、環境に慣れるために、3月21日から介護の現場で働くことになった。(続く)

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