施設職員が考える、終末期ケアの在り方

2015-12-16

終末期ケアの先にあるものは何か? 施設の介護職員として、利用者の終末期に接したときにときに何ができるのか? 施設を「終の棲家」と選択した利用者たち……大事なのは、自分自身、どうやって最期を迎えるのか決めておき、意思を残しておくことだ。そこに介護職員がどうサポートできるのかが大切だ。

最期を迎える前の迷い

特別養護老人ホームなどの施設に入居された方が、施設の中で最期の時を迎える……。今日ではそう珍しいことではなくなってきました。

では、葬儀についてはどうでしょうか?

最近、お通夜やお葬式などを、住まわれていた施設内で執り行うケースが徐々に増えているようです。しかし、多くは、いまだ葬儀会社の葬儀場で行われます。

施設内で葬儀が行われない背景の一つとして、「最期の迎え方」にまだまだ迷いがあるからではないでしょうか。

入居生活で最期の時が近づいた場合、積極的な治療を追い求めていくのか、そのまま施設の中で終末期のケア(看取りケア・ターミナルケア)を受け、最期に向かって生活を続けるのか。

前者の積極的な治療を受ける場合、ほとんどは病院へ受診することとなるでしょう。施設内では十分な治療は受けられませんし、継続的な治療も困難だからです。もし継続的な治療が必要となれば、施設内での生活そのものが困難となり、介護療養型老人保健施設などへ転居される方も少なくありません。

先述した「最期の迎え方に迷いがある」というのは、正しくは「最期を迎える『前』の迷い」なのかもしれません。

看取りの話がまとまらない……

終末期を間近に捉えたときに初めて、自身の最期について考える選択肢が生じます。

認知症やあらゆる疾患があるために、本人の判断が難しい場合も多く、そういったケースでは身元引受人(多くの場合は家族)がその方の「看取り方」を考えることになります。他の近親者との考え方の相違もあり、話がまとまらないこともあるでしょう。看取りの話がまとまらない、しかし、終末期を迎えた本人は着実に最期の時へと向かっていく……。「最期の最後」で迷いが生じ、決断が後手になる。家族間の意見が分かれたまま死別・転居・医療行為がなされてきたケースを、私はこれまで幾度となく目の当たりにしてきました。

介護職員はさまざまな利用者の最期に立ち会う

ここで、あるお二人方の最期に立ち会ったお話を紹介させていただきます。

特別養護老人ホームで5年以上入居生活を送られ、終末期ケアを受けながら、施設内で最期をお迎えになりました。診断は老衰。認知症の中を生きて来られたA様は、意思疎通も難しい方でしたが、持ち前の明るさが際立ち、他者との間には笑顔が絶えない方でした。

葬儀は、お通夜・お葬式・出棺まで、全て施設内で執り行われました。施設職員が僧侶役を務めました。お経の前に施設での入居生活の様子が紹介され、ご家族・ご友人・職員達と共に最期の時間を過ごされました。

私も、葬儀に参列させていただきました。長くお付き合いのあったご家族の方々と話を交わし、涙もありましたし、笑いもありました。そして葬儀場を後にした私は、ふと何の迷いもなくこう思いました。「良いお葬式だったなぁ……」と。

とても進行の早い病気を患っておられ、入居されたときは歩いておられましたが、1年経つころには立ち歩きはおろか、食事摂取も難しい状態となっていました。

進行の早い病気を踏まえ、少しでもお元気なうちにと、入居されて間もないころから外出や外食などへよく出かけました。

プロ野球観戦で7回裏にビールを召し上がられたのも良い思い出です。しかしやはり、目まぐるしい早さで病気が進行し、とうとう食事摂取が難しくなりました。嚥下機能の低下により誤嚥が頻発し、また話すことも難しくなって自分の意思すら伝えられなくなってきました。

食事摂取の困難を寿命と捉えるか、はたまた胃ろうを造設するのか。

家族間で意見が分かれました。奥様は「胃ろうを作り、まだ生きてほしい」、息子様は「義歯を作り直してご飯を口から食べてほしい」、娘様は「もう寿命と捉え、これ以上の治療は負担になるので止めたい」と三者三様です。

結局胃ろうを造設されましたが、誤嚥を繰り返し、当施設では望まれるケアが難しくなって、ご家族の希望により療養型の他施設へ転居されました。その後、B様の訃報を数週間後に伝え聞きましたが、どのような最期を迎えられたのかは私にはわかりません。

介護職員は、さまざまなご利用者の最期に立ち会います。A様のように、最期へ向かうプロセスの段階から葬儀までご一緒させていただけることもあれば、B様のような形での最期の知らせを耳にすることもあります。

すべては良い葬式だったなぁと言ってもらえるか否か

今回のA様、B様のケース、どちらが良い、良くないということは私には言えません。すべては本人とその周囲とが感じ得ることです。

しかし、私があえてこの場で物申すとすれば、私自身が将来この世を去ったとき、葬儀の参列者には「良いお葬式だったなぁ……」と言っていてほしいということです。

そのために重要なのは、「最期の迎え方を決めておく」こと。最期へ向かう道筋を決め、自身の想いを残しておくことではないでしょうか。

介護福祉施設を「終(つい)の棲家」としたならば、入居が決まった時点で自身の最期、終末期についてあらかじめ考えておくことが必要です。そしてそれは、少しでも早いほうが良い。自身の意思がより明瞭な、早い段階での準備に越したことはありません。

神様でもない限り、亡くなった故人に対し「良い最期でしたか?」と聞くことはできません。

ご利用者に対する終末期ケアの先にあるのは、送った人に「良いお葬式だったなぁ……」と思っていただくこと。ここに至るまでが、終末期ケアの目ざすべき形か、と私は思います。

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