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本人の思いと家族の思い

2018-02-15

介護の現場では、ご本人とご家族とで思いが食い違ってしまうことが少なくありません。これは、どんなに仲の良い家族でも同様です。そんなとき、私たちはどのように接し、相談に応じれば良いのでしょうか。1つの事例を取り上げながら、考察していきます。

肺気腫の発見をキッカケに変化した状況

Aさん(男性94歳)は、肺気腫のため在宅酸素療法で生活しています。一人暮らしではありますが、ほぼ毎日娘さんが泊まりに来てくれている状況。ヘルパーとの関わりは15年以上になります。

ヘルパーの訪問を利用し始めた頃のAさんは、これといった病気もなく、ただ一人暮らしで少し不便だという程度でした。しかしこの15年ほどの間で、白内障の手術を行ったり軽い脳梗塞により服薬治療をしたりと、少しずつ老いと体調の変化を実感してきています。圧迫骨折の時には数ヵ月間娘さんの自宅で暮らし、「この年齢にしては奇跡の復活だね」と笑ったものです。

Aさんも娘さんも非常に良識のある方で、どんな場面でも今どうするのがいちばん良い方法なのかを考え、迷いながらも一歩一歩進むことを考えます。その際にはヘルパーやケアマネジャーにもたくさん相談してきてくださり、私たちも一生懸命考えさせていただきます。ですので、これまでは何かが「こじれる」ということはありませんでした。

肺気腫はかなり重症。退院する時には医師から「またすぐにでも入院になってもおかしくない状態なのだから」と言われましたが、「このまま療養しているだけならば家に帰してくれ」という本人の要望で退院が許可されました。

しかし、少しでも悪化すればすぐに再入院です。ただし幸いな事に、一年間は悪化することなく在宅での生活が継続できています。ところが一年半ほど前に肺気腫が見つかり、数ヵ月の入院加療の末に退院してからは少し状況が変わりました。

在宅での生活が継続できているとはいえ、とても元気というわけではありません。かなり高齢ですので、もし肺気腫という病気がなくても、何かと身体に不具合があってもおかしくないでしょう。在宅酸素療法での生活は、本人のみならず娘さんも不安いっぱいな毎日です。

本人と家族との間に生じた思いの食い違い

そんな中、先日訪問を担当しているヘルパーに娘さんがこっそり相談をしてきました。娘さんによれば、Aさんが頑固で困っているというのです。

入院中から食が細く、退院後もあまり食べたがらない状態。そのため、体力や免疫力の低下が心配なのですが、この頃は歯の具合も悪くあまり噛めなくなってしまっていました。しかし「歯医者さんに行ってちゃんと治療して噛めるようにならないと」と言っても、Aさんは「その必要はない、歯医者に行く気はない」の一点張り。柔らかく調理したり刻んでみたりもするものの、食べる量がますます少なくなっていて心配で仕方がなく、どうしたら良いだろうかという相談でした。

担当ヘルパーはすぐに良い返事が思いあたらず、「帰って責任者にこの事を話させていただきます」と言って私に相談してきました。そこで私が担当ヘルパーに伝えたのは、本人の意向を尊重するのが良いのではないかということです

その理由はまず年齢ですが、「94歳なのだからもう良いではないか」ということではありません。それでもあと10歳若ければ、本人もまだ平均寿命にも届いていないのだから「もう少し元気になって頑張ろう」という気持ちにもなるでしょう。事実、これまで脳梗塞や圧迫骨折の時には、そういう気力で乗りきってきました。しかしAさんはこの10年間に、友人や親戚、親しい人たちをたくさん亡くしてきています。ですから恐らく、「今度は自分の番なのだ、もう頑張らなくてもいいだろう? 静かに、なるがままに逝かせてもらいましょう」なんていう心持ちではないのかと察するのです。

1年前、すぐにでも再入院の可能性があると言われて在宅に戻り、自分の家で気ままに暮らしながら色々と考えて覚悟を決めたように感じました。もちろん、そうは言っても娘さんの気持ちも分かります。目の前で弱っていく親を見ているのは辛いものです。「少しでも何かできはしないか、力になれる事はないか」と思い考え、悩むのでしょう。それでも私が娘さんに言って差し上げるなら、「本人の好きなようにさせてあげてはいかがでしょうか?」ということです。

担当ヘルパーは、納得して私の話を聞いていました。しかしこの事を、どうやって娘さんに伝えたら良いのか。訪問のたびに会えるわけではないので、私は「この内容を上手くAさん本人に伝えたらどうだろうか」と伝えました。娘さんがこれだけ心配して相談してきたことや、自分では答えることができずに責任者に相談したこと。そして二人で話し合い、このような答えを出したということをAさん本人に話す。そうすれば仲の良い親子ですから、Aさんが娘さんに「こんな事を言われたよ」と話をするのではないかと考えたのです。

世の中に絶対はないと言われますが、介護の答えもそうだと思います。病気の種類や性別、年齢、家族構成、あるいは時代背景など。さまざまな要素によって「最善」は変わってくるのではないでしょうか。Aさんの事例も、Aさん本人と娘さんの親を心配する思い、相反するものではありますが、それぞれの立場で両方に頷けます。そして今回、私の助言はAさん側に寄ったものでした。この内容が、果たして近い将来どんな結果を生むのか。良かったのか不味かったのかは、今は分かりませんし不安でもあります。それでもたくさんの高齢者と関わってきたプロとして、一生懸命に出した答えです。

「あーしなさい、こーしなさい」などと言うことはできませんし、してはいけないと思います。しかし相談された時には、せめて経験を踏まえて「こういうものではないでしょうか?」程度はお答えできるようにしたいと思っています。

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