看取りとグリーフケアの調査から……私たちが一市民として学ぶべきはセルフケア

2016-06-08

このほど、一般社団法人セルフケア・ネットワークが、一般財団法人医療経済研究・社会保険福祉協会からの委託を受け、「介護職の看取りとグリーフケアのあり方に関する調査研究」を行った。結果、訪問介護の現場では在宅での看取りとグリーフケアがまだまだ行われていない現状が浮き彫りとなった。この調査研究を行ったセルフケア・ネットワークの代表理事である筆者は、大切な人を喪失する悲嘆(グリーフ)はすでに終末期ケアの段階から始まっているという。

関連サイト:一般社団法人セルフケア・ネットワーク

「住み慣れた地域で最期まで……」という流れのなかでなかなか実現しない在宅での看取り

2015年から2016年にかけて、一般社団法人セルフケア・ネットワークでは、「介護職の看取りとグリーフケアのあり方」について、インタビューとアンケート調査を行いました。

インタビューは、医療・看護・介護に従事している方々や、教育・育成に携わっている方々にご協力いただき、アンケート調査では、介護職員(8割は訪問介護)と介護事業所(7割は訪問介護を主たる事業としている事業所)より回答を得ました。

地域包括ケアシステムの構築に向けて、国が舵を切るなか、高齢化は今後ますます進み、多死社会へ着々と向かっています。病院では急性期対応に重きを置き、病床数の削減が検討されています。慢性疾患を抱えた患者や高齢者の多くは、病院ではなく在宅で療養し、介護を受けるようになっていくでしょう。

在宅での支援が重要視される状況下で、その受け皿となる在宅医療と訪問看護、訪問介護に大きな期待が寄せられています。しかし、実際には十分に利用されていない現状も見られます。そんななかで、この度の調査も含め、いちばん強く感じたことは、「私たち市民も学ばねば!」ということでした。

看取りの経験のある訪問介護職員は半数以下、常に看取りを実施している事業所は17%

今回のアンケート結果によると、看取りの経験がある介護職員は半数以下、看取りを常に実施している事業所は17%で、これらの数字を見る限り、ネガティブな対応しか得られないと捉える方も少なくないでしょう。しかし、訪問介護においては、看取り加算がつかず、人手不足で十分な人員配置もできない。そんな現状を顧みると、当然の結果だと思います。

看取りを行ううえで重要であることに、医療と介護の連携を挙げている人が多く、次いで、利用者とその家族への看取りについての周知と意思確認と答えた人が多かったのは、インタビューにも共通する点でした。

特に終末期においては、家族が緊急時に動転して救急搬送することが多く、最終的に病院で最期を迎える利用者は少なくありません。住み慣れた家で最期を迎えたいと、7割以上の人が希望しているにもかかわらず、実際には8割以上の人たちが病院で亡くなっているのです。いくら在宅での看取りを本人が希望していても、刻々と変化していく病状を目の当たりにして家族の気持ちは揺れ動きます。

結果として本来なら必要のない医療行為が行われ、限りある医療資源にも影響がないとは言えません。

グリーフケアについては、8割以上の介護職が知らず、行っていない事業所もおよそ8割を占める

グリーフケアに関する質問では、この言葉自体を知っている介護職員は約24%、実際に行っている事業所が18%という結果が出ており、介護職員の8割以上が遺族に対する支援を必要としていると考えていることがわかりました。しかし、現状ではボランティアでグリーフケアを遺族に対して行っているケースがほとんどで、具体的には傾聴や葬儀への参列と答えています。

グリーフケアというと、一般的には死別後に、遺族に行われる支援と捉えられていますが、実際には、在宅での看取りを決めた家族と本人の終末期ケアの段階からよい支援を継続的に行うことで、スムースに遺族へのサポートにつながると思います。

実母の看取りを経験した後に知った在宅医療の可能性

実は、調査がスタートする直前に私自身も、母を看取っています。これまで、人が亡くなる場面に立ち会ったことがなかったので、母の死が、私にとってはまさに人生初の看取り体験となりました。

母は10年ほど前から肺を患い入院して、病院で最期を迎えました。

入院中に、母がたった一つ強く希望したのは、「家に帰りたい」ということです。

しかし、私たちは、「こんな状態では家になんて帰れるわけがない。絶対無理」と決めつけ、在宅医療を受けるなどとは、微塵も考えていませんでした。その後、この調査がスタートし進むなかで、在宅医療の可能性・・医療や介護をはじめ多職種の連携によって、母の希望を叶えることができたかもしれない、という思いが生まれてきました。

「あのとき知識があったら、あのとき情報がもっとあったら……」

これが、私の後悔です。

終末期ケアの段階からすでに始まっている「悲嘆(グリーフ)」

入院直後に、主治医よりインフォームドコンセントがあり、患者である母を含めた家族全員が、そう遠くない時期に「死」があることに気づかされました。父にとっては「妻が死ぬかも」、娘の私にとっては「母が死ぬかも」という大きな喪失感。そして何より当事者である母自身が、「私は、死ぬかも」と大きな不安を抱いたに違いありません。

遺族になる前から、家族は悲嘆のなかにいました。当事者である本人も、自らの死を前に言葉にならない複雑な感情を抱いていたのです。

支援者である看護師や介護職にも喪失感が……適切なグリーフサポートが必要

家族だけではありません。支援者となる、看護や介護に従事する方々にとっても、グリーフケアは大切です。担当する患者や利用者の死に際して、悲嘆のなかで苦しんだ経験のある方は結構多いのではないでしょうか?

それがわかったのは、母を担当していた看護師さんを通じてでした。その方に、私はずっとお礼の気持ちを伝えたいと思っていたのですが、かえって迷惑かもしれないと、躊躇してきました。一周忌を過ぎたころ、思いきって感謝のお手紙を送ってみました。すると意外なことに返事が届いたのです。

その方は、母にあたたかくていねいなケアを行ってくれたばかりでなく、自宅に帰りたいと願っていた母のことを思い、院内の多職種と連携し懸命に退院調整をしようと動いてくれていたのです。でも、それがかなわなかったことで、看護の関わりのプロセスに自分自身納得がいかず、肯定的に受け止められずに、長い間苦しまれていた、と知りました。

その方にとって、母が初めての担当患者であり、看取りも初めてでした。看護師としてのその方の喪失感は、想像を超えたものだったに違いありません。きっと終末期のケアに携わる介護職の皆さんのなかにも、同じような思いを経験された方が多いのではないでしょうか?

一市民としてレジリエンスを身につけ、だれにでも訪れる「看取りとグリーフ」に備えたい

予期悲嘆という言葉があります。これは、その言葉のとおり、まだ存命中の患者の家族が抱く悲嘆と解釈されてきました。しかし、死別を予期して心の準備をしたからといって、死別後の悲しみが軽減されるとは限りません。支援される側も支援する側も、広く悲嘆の知識、グリーフケアを知ることで、日ごろからレジリエンス(回復力)を身につけることができます。

レジリエンスを身につけるには、柔軟な思考が必要です。その1つの方法として、私は五感という感覚器の活用を取り入れたセルフケアを勧めています。悲嘆のなかにあっても、五感を使って無理なく、意識をちょっと変えてみることで、傷ついた心が癒えていくのを感じ取ることができます。

看取りだけでなく、看取りのプロセスから続く、グリーフ(悲嘆)をどう自分で手当てするか、セルフケアの力は大きいと感じています。

*調査結果の詳細は一般社団法人セルフケア・ネットワークのHPで公開されている。

関連サイト:一般社団法人セルフケア・ネットワーク

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