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高齢者とおしゃれ〜周囲にも好影響を与える可能性〜

2017-06-08

医院に併設されている通所リハビリテーションと同一建物内に居を構える介護支援センターに勤務してはや10年。朝夕の利用者さんの行き来や日々の様子が自然と目に入る毎日です。リハビリに通ってくる利用者さんの変化、曜日やメンバーによっての特徴の違いなどで気がついたことが幾つかあります。その中でも「着飾ること、おしゃれ」について興味深い事例がありましたのでご紹介いたします。

介護保険サービス利用へ、若さゆえの不安と葛藤

65歳女性、脳梗塞の後遺症で軽度の後遺症のあるAさんは杖歩行です。独歩で安定して歩くことを目指して通所リハビリの利用を始めました。

Aさんは年齢も若く、身体機能的もほかの利用者さんたちより高いレベルを保っています。集団の中では違和感のある存在です。Aさん自身も通所リハビリの利用を検討する段階では、「リハビリのできるデイサービス」というイメージで、自分よりもずいぶん年配の介護を必要としている人たちの輪に馴染めるのか不安感を抱いていました。

地域の中では数少ない通所リハビリテーション事業所。「リハビリをしたい」という自身の気持ちに正直に、勇気をもって通う決意をしました。事前面談や担当者会議で幾度となく服装や持ち物の確認をするAさん。明るい色の洋服を好み、自宅に居てもその身なりからはおしゃれへの興味が高いことを感じます。通所リハビリの利用は脳梗塞を発症して以降、久しぶりの外出であり人との交流なので、身なりを気にしてのことだろうと思っていました。

周りに合わせて没個性に

Aさんの通所リハビリの利用初日が来ました。担当者会議に出席した相談員、担当ケアマネジャーは初日ということもあり通所リハビリ事業所の玄関で送迎車を待っていました。

「Aさんは、元気に来るかな?」

「なるべく話が合いそうな人がいる曜日を選定したけど、大丈夫だろうか」

そんな思いが交錯します。Aさんの送迎車が到着し、他の利用者さんたちと順番に降りてきました。すると、「おはよう!」Aさんの元気な声が。しかしその姿に、相談員もケアマネジャーも一瞬目を疑いました。Aさんは驚くほど地味な装いです。

お顔や体つきは他の利用者さんより明らかに若さが際立っていますが、いつものAさんからは予想できないような装いなのです。ある意味ではその場に溶け込んでいます。

更によく見るといつもはしっかりお化粧をしているのにとても薄化粧。普段のお化粧も服装も決して派手で華美すぎるほどではなくとても似合っていたので、通所リハビリの場だからといって極端に変える必要はないと思われましたが、Aさんなりに悩んで初日を迎えたのかもしれません。

妥協?覇気がなくなる意味

若いAさんに対して他の利用者さんは枕詞のように「若いのにどうしたの?」「この人若いから〜」という言葉を口にします。もちろん悪気はないのですがAさんは苦笑いです。服装を地味にしただけではなく、話の内容もなるべく合わせます。

「若いと言っても、出来ない事が沢山あるから、ここに通っているのよ」

「みなさんと同じですよ」

など、自分ができない話ばかりをしてみせます。

リハビリの時間、理学療法士とマンツーマンになる時間だけは実力を発揮します。状況や場に居合わせるメンバーによって自分を使い分けているようですが、利用が進むに連れ、なんだか元気がなくなってきました。自分から話すことも少なく、肝心なリハビリでも「このくらい出来るなら自分は恵まれている」と話すようになりました。若さや活気が薄れてきたのです。周りに合わせて出来ないふり、馴染んだふりのつもりが少しずつ妥協してしまっているように見受けるようになったのでした。

新しい出会いから

そんなある日、新たな利用者さんが通所リハビリに通い始めました。Aさんより3歳年上のBさん。Bさんは両膝痛があって屋外歩行のみ杖を使用するレベルの要支援の認定を受けています。Bさんはとにかくおしゃれが大好きで、洋服も鞄も毎回違うような人です。性格もはつらつとしていて、明朗快活。「Bさん! 今日もピンクが似合うね」などと介護職員が話しかけると、「そうでしょう? ありがとう!」とケロッとしています。他の利用者さんたちに「若いからいいわね〜」、「毎回ちがう服を着てくるわね」と言われても全く気にしません。

Bさんはすぐに若いAさんの存在が気になったようで、積極的に話しかけます。Aさんも若い仲間ができてまんざらでもありません。2人は直ぐに友だちになりました。

Bさんもお化粧をして通所リハビリに通ってきていました。入浴時に洗い流してしまうので、またメイクし直します。入浴は大抵午前中なので利用開始から1時間足らずでお色直しすることになるのですが、億劫ではないようです。

Aさんは控えめなお化粧で通ってきて、入浴時に改めて洗顔はせずに済むように極力お化粧が流れ落ちないようにしていました。通所リハビリの場でお化粧をし直すなど、絶対に出来ないと感じていましたのでBさんの堂々たるお色直しには感心したようでした。

おしゃれ再び、若さと活気が溢れ出る

Aさんの変化は割とすぐに訪れました。明らかにBさんの影響を受けてのことです。明るい色の服を着ていても自分が気にしなければ周りが慣れてくれる、お化粧もお風呂の後にしても案外誰も気にしない、ということを自分の中で確信したようです。

Aさん本来の自分に似合う色、センスの良い装いで送迎車から降りてくるようになりました。その姿は堂々たるものです。とても似合っているのでスタッフも他の利用者さんも素直に褒めます。

お化粧も健康的です。見た目が元気になったばかりではなく、話す声のトーンや張り、リハビリへの意欲も明らかに高くなりました。そして、「もっと歩く姿が良くなりたい、杖を使っている場合ではない」という目標も、誰に気を遣うこともなく言えるようになったのです。Aさんの変化にBさんも嬉しそうで、Aさんにだけは新しいバックや帽子をつい自慢してしまうのでした。

身なりを気遣うこと、おしゃれを楽しむことが周りにも影響を与える

Aさん、Bさんの影響は驚くことに更に上の年代の女性利用者さんたちにも変化をもたらしました。徐々にこの曜日だけは、女性陣が身なりやおしゃれへの意欲が明らかに高くなっていったのでした。

目立った変化では、目につきやすい羽織り物(ジャケットやジャンパー、カーディガン)ではいつも冬仕様のものを気にせずに来ていた人も季節感のあった物を着てくるようになりました。

高齢者にとっては病院や敬老会などに羽織っていくような「よそ行き着」です。「母の日や敬老の日にもらっても袖を通していなかったけれど、しまっておいても仕方ないから、着て来ることにした」と話す人もいます。着る物が変わると気持ちも変化するようで、歩く姿も背筋が伸びていて、髪も以前よりも整えられていました。

送迎時に他の利用者さんの服装などに気に留めている家族さんなどは、たとえ車いす使用でも素敵なスカーフを巻いてくれたり、おしゃれな帽子を被せてくれたりと、自分の家族が引け目を感じない程度に工夫していることもありました。

まとめ

女性はいくつになってもおしゃれには興味があるもの。しかし、高齢で介護が必要になってしまったことで、「おしゃれどころではない」と感じている人も多いかもしれません。周りの目にも敏感になるでしょう。しかし、何かのきっかけや周りの様子を確認できることで「このくらいはしても大丈夫」と感じると興味を取り戻し、行動できるかもしれません。

おしゃれ感覚は、必ずしも必要なことではないのかもしれません。しかし「身なりに気を遣う」「自分のしたいことをする」「自分の個性を大切にする」という意味で捉えると、それも立派な自立につながることになり得ます。老いては後回しにされがちなおしゃれですが、「おしゃれ=飾り立てる」ではなく、美的感覚へのアプローチが高齢者支援に繋がるケースも確かにあるのです。

おしゃれに限らず、本来介護ではアニマルセラピーや回想法、音楽療法など意識に働きかける手法が沢山あります。しかし、最近ではあまり話題として取り上げられことも少なくなったような気がします。進む少子高齢化や介護の担い手不足への対策でICTや人工知能(AI)などの議論や情報が介護の業界では目立つようです。介護者の作業の効率化と地域全体で介護を行っていくという、大きな枠での議論が多くされています。介護を必要としている個人のQOLの向上が置き去りにならないよう、様々な目線や手段の拡大にも目を向けていきたいものです。

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