旨くはないけれど、お茶は自分で入れます〜若年性認知症の妻〜

2017-10-06

18歳から64歳の間で発症する認知症は、総じて「若年性認知症」と呼ばれています。この若年性認知症という言葉の浸透で、「認知症は若い人でも発症する」という認識が少しずつ広がってきました。若年性認知症では不安や焦りでうつ状態になってしまったり、逆に暴力をふるったりすることも。家族が若年性認知症と診断されたとき、家族はどう向き合えば良いのでしょうか。実例から考えていきたいと思います。

妻の異変

63歳の時に若年性認知症(アルツハイマー型)の診断を受けたAさんは、夫と夫の母との3人暮らし。Aさんは長年の専業主婦です。2人の子どもたちは、それぞれ自立して県外で家庭を持っています。同居している義母は90歳を超えていますが、年相応の物忘れ、動作は緩慢な程度で身の回りのことは自分でできます。そして、性格的にも穏やかで物静かな人です。

Aさんの最初の異変は、義母に対する態度の変化。長年の同居でトラブルなく過ごしてきたのですが、義母に対して一方的に乱暴な態度や言葉を向けるようになったのでした。そしてある日、動作がゆっくりな義母に対してイライラした様子を見せ、突然、背中をたたいてしまったのです。これを見て、Aさんの夫は「これはおかしい」と感じました。

「そういえばこの頃電話の伝言ができなかったり、近所の友達にいじめられると怒ったり泣いたりしている。妻の様子がおかしい」

そう感じて、遠方にいる娘さんに相談しました。そして、娘さんが地域包括支援センターに相談。医療受診の結果、若年性認知症の診断に至ったのです。

各種サービス支援の開始の方向へ

Aさんの夫にとって、妻が認知症になるとは驚きでした。まして、高齢の母より先に認知症の診断が下されるとは……。

包括の職員と娘さんで、どんどんこれからのことについて話を進めています。介護保険の申請をすることになり、ケアマネジャーまで登場しました。皆が自宅に訪問してきて、認知症について説明したり、Aさん自身のことや家族、環境のことを口々に聞いたりしてきます。介護保険サービスの説明や申請手続き、娘さんが帰省している間に認定調査を行うということで話が進んでいき、慌ただしさに目が回りそうです。

加えて、Aさんが義母に対して乱暴な態度を見せることへの対応策として、少しでも距離をおくこと、また気分転換を図るという意味から、義母も介護認定申請をしてデイサービスの利用をすることに。そちらの方も併せて手続きが始まりました。

介護サービスが本当に必要なのか〜夫の想い〜

Aさんの夫にとって、介護保険サービスの必要性がよく理解できないまま事は進んでいきました。確かに妻は、なぜか自分の母に対して暴言を吐いています。そして、母も怯えているのです。このことがキッカケになり、元気な母が気落ちして寝付いてしまってはたまりません。年齢からいっても、デイサービスの利用で気分転換をしたり、介助で気持ちよく入浴したりするのは、本人にも家族にとっても良いことです。

しかし、問題は妻です。

「妻は若年性認知症と診断されたが、介護保険サービスの利用でどうなるというのだろうか。妻は近所の人にいじめられていると思い込んでいて、外に出たくないと言っている。そして、家にいるときは自分のペースで家事をしている。食事を途中で作るのを忘れて洗濯物をたたみはじめたり、テレビに没頭したりしてしまうときもあるものの、本人も家族もそれほど困ってはいないではないか……」

夫は、そんな風に感じているのでした。

妻はこのままでいい

Aさんは「年を取れば物忘ればかりして困る。何を言ってもわからないもの」と言います。どうやら義母のことを言っているようですが、なぜ急にそのようなことを言い出したのか、今まで心の中で感じていたのか。夫の話によると、どうやら何かキッカケがあったようです。

「公民館で町内の集まりがあったときに妻が何度か同じ話をしてしまったようで、周りの人たちに笑われたことがあった。今思えば、それから家でイライラしたり落ち込んでたりしていて、母に対してあたっていたように感じる」

もしかしたら、自分に向けられた周りの態度を義母にぶつけていたのかもしれません。

また、Aさんは薬の飲み忘れやガスの消し忘れ、電話の伝言ができないなどの状態があります。しかし、それは常時ではありません。義母に対しても顔を合わせる度に態度がおかしいということでもないのです。Aさんの夫は「妻はこのままでいい。病気になったのは悲しいがそんなに俺は困っていない」と言いました。

認知症は進行したけれど

若いころからずっと出稼ぎに出ていた夫は、家事の全てができる人でした。Aさんは服薬治療を開始しましたが、認知症は徐々に進行しています。そして、義母はデイサービスの利用を開始しました。義母がデイサービスに通い始めると、不思議とAさんは暴言を言わなくなりました。「お年寄りだからしかたないねえ、デイサービスに通っているもの」と、義母をお年寄り扱いすることで気分が安定しているようにも見え、そこには悪意は何も感じられません。

Aさんは炊飯が上手くできなくなってしまったので、3食の食事の支度は夫が行います。夫は「手のかかる女が2人もいてやれやれだ」と言いますが、漬物を漬けたり裁縫までする余裕があるようです。夫は家事も裁縫も問題なく、妻の認知症は進行していますが、家族の形は大きく変わっていません。

夫のこだわり

Aさんの義母がデイサービスを利用し始めたので、ケアマネジャーが毎月訪問しています。市役所から届く書類関係の理解や手続きは夫一人だと負担が大きいので、月に2回以上訪問することもあります。夫の介護疲れの見極めも必要なこと。そのために、包括と相談のうえで複数回さりげなく訪問するという目的もありました。

訪問時、Aさんはいつもソファに横になってニコニコしています。家事の一切は夫の役割。しかし、夫にはこだわりがあります。

来客へのお茶出しは妻の仕事。

これは固辞していました。ケアマネジャーはもちろん自分からお茶を欲することなどありませんが、あえていただきます。お茶出しがスムーズにできるときもありますし、お茶が出てくるまで30分以上かかるときもあります。茶っ葉が急須に入るか、茶碗に直接入るか危ういときも。水筒に熱いお茶を詰めてテーブルに出されたこともあります。

しかし、それでも「Aさんがお茶を出す」ということに意味があります。茶碗に茶っ葉を直接入れてしまったときは暑い夏の日で、外から来たケアマネジャーに冷たい水出しの麦茶を作ろうとしてのことでした。水筒に入ってきたときは、Aさんの息子さんが中学生の時に野球応援に行った時の話をしてくれました。

そんなAさんの様子を、夫は半ば呆れたような表情で見ています。しかし決して、妻に変わってお茶出しをしようとはしません。時々、すかさず茶筒を渡したり、茶碗がどこにあるのかをさりげなく教えたりはしますが、時間がかかってもじっと根気よく待っています。そして妻が出したお茶を、「自分なりにできているから、いいべ」と言ってお茶をすするのです。そんな夫を見て、Aさんは「どうせ旨くないだろうが、黙って飲め」と笑います。

すかさず「本当にマズい!」と答える夫。夫に見えないように、舌を出しておどけているAさん。そんなやり取りを見ていると、認知症だから、若年性認知症だからといって何もかも身構えて変える必要も、先回りする必要はないとケアマネジャーは感じるのでした。

できることを奪わないで……、自分らしい生活を続けること

「おれんじドア実行委員会代表」の丹野智文さんは、トップセールスマンとして活躍していた2013年、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断を受けました。彼は全国の認知症の仲間とともに、国内初の当事者団体「日本認知症ワーキンググループ」を設立しました。そして現在、多くの講演会を開いています。その彼は、こう呼びかけます。

「何もできないと決めつけて、できることを奪わないでください。失敗を許して、できないことは手伝ってください。認知症の人たちが求めているのは、守られることではなく、周囲の力を借りながらでも自分で課題を乗り越え、自分らしい生活を続けることです」

Aさんの家族に改めてこの呼びかけをしたことも、認知症の対応のノウハウを具体的に説明したわけでもありません。夫の家族としてのごく「自然体」の振る舞いがAさんらしい生活を支えているのです。支援者は家族の自助力にも目を向ける余裕が必要です。そしてそこには、他人では気が付くことができない希望があるのではないかと感じました。

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