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「ショートステイに行った方が良い」とは言うのに、「退院おめでとう」とは言ってくれない

2018-02-08

介護保険申請のキッカケによく聞かれる脳血管障害の後遺症では、体に麻痺が残ることでこれまでの生活が大きく一変してしまうことが少なくありません。これは、後遺症である麻痺によって介護負担が大きくなってしまうと考えられるからです。このようなケースでは近年、退院後すぐに泊まりの介護保険サービスを利用してくことがとても多くなっています。ここでは脳梗塞後遺症のために左半身に麻痺をきたした夫を、妻が自宅で介護している実際のケースについて見ていきましょう。

突然の脳梗塞

飲食店を営むAさん。ある日、夫が脳梗塞を発症してしまいました。突然の病に倒れた夫はまだ75歳です。数年前まで大工として働き、いつも元気で体力には昔から自信がある夫。ここ2年くらいは、夫婦2人で季節ごとに山菜採りへ出かけるのを楽しみに、マイペースで暮らしてきました。そのため、まさか入院するような病に見舞われるとは思ってもいなかったのです。

Aさんの夫は、後遺症で左半身を自分で動かすことができなくなってしまいました。Aさんは毎日、夫の面会のために病院に通います。ベッド上の夫は混乱と失意の表情。Aさんは夫を励ましながら、ショックな気持ちとこれから徐々に回復していくはずという期待が交錯していました。

主治医の説明だけでは、夫がこれからどうなっていくのかがいまいちよく分かりません。そのため、お見舞いに行くたびに看護師やリハビリの先生を見かけては、「リハビリをしたら左(半身)も動くようになりますよね」と何度も確認します。

しかしリハビリ専門職である理学療法士の評価では、「左半身は麻痺が残り、下肢装具を装着して麻痺側にピッタリと誰かが付き添えば、ゆっくり4点杖で短い距離を歩くことができる」というのがリハビリのゴールと示されました。それは、起居動作には腰を支えるなどの部分的な介助を常に必要とし、日常生活では車いすを使用するのを意味していました。

病院のケースワーカーは介護保険の申請のほか、退院後はリハビリ可能な施設やショートステイに行ってみてはどうかとAさん夫婦に提案します。しかしAさんは、「夫は家に帰りたくてリハビリを頑張っているのだから家に連れて帰る、施設やショートステイには行かせない」という思いを強く表明しました。

自宅に帰れば麻痺は治る、そんな気がする

Aさんが完全な在宅介護に拘るのには、理由がありました。それは、住み慣れた自宅に帰れば、夫の体は自然に動くだろうということを信じていたからです。

当の夫はというと、毎日面会に来るAさんの前向きな思考に最初は半信半疑な状態。しかし次第に、「家に帰ったら病院のリハビリとは違う、嫌でも動かねばならない状況になるから案外麻痺も治っていくかもしれない」と思うようになっていました。この夫婦二人の思いは、根拠を求める専門職にとってなかなか理解しがたいものです。

支援する側だけが四苦八苦する不思議

ここで困ったのは病院スタッフです。医師や看護師、ケースワーカー、リハビリ専門職など。各方面から病態や後遺症について何度も説明しても、Aさん夫婦は麻痺に対する理解が浅いように見受けられます。前向きなことは良いのですが、いざ在宅生活に戻った時に困らないよう「出来ること」と「出来ないこと」の仕分けを行い、必要な支援の準備を整えて退院してほしいのです。そのために、他のケースのように介護保険の申請を行い、ケアマネジャーと連携したいと考えていました。

しかしAさんは、「家に帰ったら毎日リハビリは私がするし、夫を車に乗せてまずは山に行きたいの」とケラケラと笑って見せます。そのため、まずは主介護者となる妻のAさんが受け入れてくれることから始めようということになり、移乗動作の介助方法や歩行訓練の方法、拘縮予防のための運動の方法をAさんに指導することにしました。しかし、どうもAさんは真剣に取り合ってくれません。病院スタッフの目には、Aさんが自己流の介護やリハビリを行う気なのだと映ってしまいます。

病院のケースワーカーは、介護保険申請の段階までなんとかこぎつけました。しかし、必要と思われる住宅改修や福祉用具の準備、デイケアなどの検討まで少し触れて、ケアマネジャーに繋ぐということは出来そうにありません。何といってもAさん自身が自分で夫の麻痺を治す気持ちでいるのです。介護保険の申請はケースワーカーに押し切られ、「念のため」という気持ちで了解してくれたように感じました。

ケースワーカーはAさんの意向で、自宅からもっとも近い居宅事業所のケアマネジャーと退院支援をすることにしました。しかし、今回のケースのように退院前に介護保険サービスの検討、調整まで準備万端にして送り出すということができないことは稀だったため、居宅のケアマネジャーには「入院中に何も退院後の生活について話が進まないケースですが、そのままお願いしても良いでしょうか」という形での依頼です。

ケアマネジャーにとっても、ここまで病院関係者が困惑しているケースはあまり経験がありませんでした。しかし、介護のある生活をイメージできない人や、病気の後遺症がどのくらい日常生活に影響するのか分からないなどのケースはあります。そのような場合は、一つ一つ経験しながら必要な支援を行っていく方向になるのです。

極端に危険な行為やリスク回避が必要なことはケアマネジャーがある程度主導していきますが、Aさん夫婦の場合、主介護者である妻の夫への愛情や望む暮らしのために自分が頑張るという気持ちが十分にあります。そのため「夫のために……」という形で働きかえれば、それほど心配はないように感じました。

退院前、ケアマネジャーは病院と自宅に何度か訪問しました。Aさんは「気にかけてくれてありがとう。夫が帰ってくるのが楽しみで仕方ないの」と笑顔で対応してくれます。これからの在宅介護に対する不安より、夫が退院できるということの喜びが何十倍も勝っているのでした。結局、退院前に介護保険で準備したのはトイレの手すり設置と車いす、スロープの貸与、ポータブルトイレの購入。そして、「もしかしたら通所リハビリに通うかもしれない」という可能性を含んだ話ができたことでした。

これからの生活に必要と思われるベッドは、Aさんによれば「折り畳み式の簡易ベッドを夫の退院祝いに親戚がプレゼントしてくれた」とのこと。そのため、明らかに低過ぎるベッドを使用することになったのでした。また浴室に関しては、総合的に見て自宅での入浴はAさんの全力介助でも到底無理だと考え、あえて住宅改修は全く行いませんでした。病院スタッフやケアマネジャーも、「入浴はさすがにAさんの手には負えないので、これが通所サービス利用のキッカケになるはず」と予測していたのです。

いよいよ退院、そして……

退院初日と退院3日後にケアマネジャーが訪問しました。2回目の訪問である3日後は「もしかしたら利用するかもしれない」と、退院前に少しAさんが頭の片隅に入れておいてくれているはずの通所リハビリの理学療法士も同行。理学療法士はサービス利用になるかハッキリ決まっていない中でも、これまでの経緯を理解してくれた上で退院後の自宅での動きや介助方法を確認しに来てくれたのです。

実際に退院してみて、ケアマネジャーは「そろそろ介護の大変さや麻痺のことを少し実感され、Aさんから相談があるのでは」と考えていました。しかしAさんはとても明るい声で、次のように言います。

「聞いて聞いて。さっき、夫をシャワーさせたの。お風呂の入口の段差も立たせて壁によりかからせ、私が動かない方の足を持ち上げたのよ」

さらにそれだけではなく、車の助手席に乗せてドライブもしてきたと言うのです。そしてさらに4点杖での歩行練習も、退院したその日から連日Aさんが付き添って廊下で行っているとのこと。

同行した理学療法士は、してやられたという様子で笑っています。そして、「退院おめでとうございます。じゃあ、僕もやってみて良いでしょうか。奥さん、どのように旦那さんの介助と歩行練習を行っているのか、僕に教えてください」と言ったのです。

するとAさんは得意げに、ベッドからの移乗介助や装具の取り付けの補助、歩行練習の介助をして見せます。そして理学療法士は、少し助言や手直しをしました。

大方の予測に反して、どの介助も上手くできていました。ただし、拘縮防止の可動域運動だけは専門職がやった方が良さそう。その点に関しては、Aさんも理学療法士が夫の肘や膝を曲げ伸ばしする様子を見て、「やっぱりプロは違うわ」と感心したようです。

退院はおめでたい、介護申請は病院やケアマネのためじゃない

この日の訪問をキッカケに、Aさんの夫は週2回の通所リハビリに通うことに決まりました。入浴と専門的なリハビリを行うことが目的です。それから半年が経ち、Aさんが付き添っての自宅廊下での歩行練習、可動域の曲げ伸ばし運動は日課になりました。週2回の通所リハビリは拘縮が起きていないかどうかの確認程度で、ADLが低下するような問題も発生していません。ケアマネジャーはAさんに聞いてみました。

「Aさん、旦那さんの介護を自宅でできていて本当に感心してしまいます。退院するときは先々不安でありませんでしたか?」

するとAさんは、

「退院するとき、病院のみんなが家に帰るなんて、とんでもないと言うの。どの人もショートステイや施設にまずは行くのが普通ですよって。だれも退院おめでとうなんて一言も言ってくれなかった。私はまた夫婦2人で暮らすための相談がしたかったのだけど、それは今の世の中ではおかしいことみたい。半身麻痺だと家に帰れないのが普通なのね」

と答え、さらにこう続けます。

「だから、リハビリを一生懸命私に教えようとしているのも一応教えておくか、という印象で全部義務的に見えたからわざと無関心を装ったの。でも私、ちゃんとできているでしょ? 心の名では必死に覚えていたし、忘れないように病院の駐車場に行ったら車の中ですぐにメモを取っていたから。すごいでしょ? 私が介護保険の手続きを了解するのもリハビリや介助の方法を習うのも病院の人たちのためじゃないのよ。夫のために決まっているでしょ。それがわかっていない人に、自分のいいなりになっていると思われたらたまらないわ」

そして、いつものようにケラケラと笑うのです。

「誰も退院おめでとうとは言ってくれなかった」

この言葉がとても印象に残りました。ケアマネジャー自身、この日まで言っていなかった言葉だったからです。

まとめ

ショートステイの利用が当たり前になってきた昨今、特に退院後は自宅にすぐに戻るより、まずショートステイに行くという流れができつつあります。その既定ルートと異なった意向を示したり、支援する側が期待しているような反応が本人や家族から返ってこなかったりすると、「理解度の薄い人、家族」と決めつけてしまいがちです。

特に脳血管疾患のため麻痺が生じたとき、本人がリハビリに励む気持ちを支えるのは「自宅に戻りたい」「もとのように生活したい」という思いであることがとても多いでしょう。また支える家族も、必ずしも介護を負担に思う人だけではありません。大切な家族が早く自宅に戻ることができるようにと望んでいる人も少なくないはずです。退院後の支援において「半身麻痺の人はこのルートで進める」「こうあるべき」という観念にとらわれず、まずは「退院おめでとう」と言えるような支援者でありたいと思います。

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