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ケアプランの表と裏〜隠された目標の達成〜

2018-05-03

ケアマネになって10年以上になりますが、ケアプランを作るときには悩むことが多々あります。担当者会議で申し合わせたことが現実と違っていたなど原因はさまざまですが、ご家族が本音を言えない(言わない)ケースも少なからずあります。一つの事例を通して考えていきます。

「歩けるはずだから歩かせてほしい」

アルツハイマー型認知症を患い、典型的な経過を辿って歩行が困難となった80代女性のAさん。同居の娘さんによる在宅介護は7年目に突入しています。現在は要介護5。一日を通して閉眼していることが多く、発語もめったに聞かれなくなりました。デイサービスの利用は週2回で、主に入浴目的の利用となっています。

Aさんは明らかに歩行ができません。しかし娘さんは、「歩かせると歩けるので、デイサービスの職員も歩かせることを意識した介助をしてほしい」と話すのでした。デイサービスのお迎えでは娘さんとAさんのご主人がAさんの両脇を抱えて、無理やり立たせて(状況としては引きずって)居間から玄関までやって来ます。Aさんには反射的に足を運ぶような動作すら見られないのですが、娘さんは「足を運んでいる感触が介助していると伝わってくる」と言うのです。ご主人は高齢ですが体は丈夫。ただし両耳が遠く、娘さんとも周囲とも会話をすることは少ないようで、話しかけても全て了解という反応です。

「歩けるはずだから歩かせてほしい」という要望なので、デイサービスからの帰宅時も上がりかまちに車いすごと乗せ、居間のソファまでAさんを歩かせてほしいとおっしゃいます。帰宅時はご主人がいないことが多く、娘さんは自分と介護職員とで歩行介助したいとのこと。そしてそれをケアプランに明記してほしいと話します。

家族の本音、本心は

Aさんが介護サービスの利用を始めてから7年間のうちに、ケアマネは2回変更されて現在3人目。デイサービスは4カ所変更しています。前任のケアマネやデイサービス、娘さんの話などから察するに、娘さんが自分の要望に応えてくれないと判断すると、ケアマネもデイサービスも変更してしまうようでした。現在のケアマネに対し、娘さんはこう言います。

「結局、今まで利用したデイサービスは、どこも私みたいに上手く介護ができなかった。家で私が介助すれば足を運ぶのに、それがデイサービスではできないの。何よりケアマネが母は歩けると思ってくれなかった」

Aさんの身体状況から、娘さんが言うように歩けるとは思えません。しかし、これが7年間自宅で介護をしてきた娘さんの自負であり、本音なのではないかと思いました。

娘さんはAさんがアルツハイマー型認知症と診断されてから、数々の医療機関を受診したそうです。その結果、現在かかりつけ医はいません。認知症は服薬治療で劇的に治るような病気ではないと理解した娘さんの方針で、主治医意見書を書く時以外は一切病院を受診しないと決めたのだそうです。定期薬はひとつもなく、娘さんがメディアやインターネットで見聞きしたサプリメントや食事療法を行っています。

前任のケアマネによると、Aさんがまだ歩くことができたとき、町内では知らない人がいないほど毎日徘徊したのだとか。娘さんやご主人が常に付き添い、町中を一日中歩き回った日も何度もあったそうです。それは3年ほど続きました。ショートステイやその他のさまざまなサービスを提案しても、医療機関の受診を勧めても全て拒否されたそうです。

「認知症が治るわけでもないし、家で自分といるのが一番本人にとってはいいはず」というのが娘さんの主張です。「母は歩けるのに、みんなが歩けないと言う。それは上手く介護ができていないだけ」というのが本音なのでしょう。自分の介護やこれまでの選択が正しかった、認めてほしいという本心があるようにも感じられました。

できないことをケアプランに載せる?

では、できないことをケアプランに載せて、娘さんの言う通りのケアを提供すればそれで良いのでしょうか。

自分の意思を表出できないAさんにとって、介護が身体状況に合っていなければ苦痛に感じられることでしょう。デイサービスが変わるたびに環境や職員が変わることは、大きな不安とストレスになっているはずです。

迷いに迷い、ケアマネは娘さんの要望をそれに近い形でケアプランに記載し、実際のケアはご本人の実情に沿った方法で提供できないかと考えました。

隠された目標を達成させるために

歩くことができないのに、引きずってまでも歩かせること。これは本人にとって苦痛であり、傍目には虐待にも映りかねません。無理をして怪我をするようなことになれば、元も子もないでしょう。しかし娘さんの考えを変えることは、これまでの経過をみると困難です。そのため、ケアプランでは以下のような表現にしました。

“体力低下とバランス感覚を取り戻すことが先ずは必要。車いすから普通の椅子に座る時間を長くすることからはじめましょう“

娘さんの要望を明記するという願いには程遠いながら、「歩くことができる」という想いを否定しない言い回しです。そして、普通の椅子に少しの時間でもポジショニングして腰かけることは、デイサービスの利用時間中ずっと車いすに座って同じ姿勢でいる苦痛を思えば、確かに必要な介助でもあります。

しかし、娘さんとデイサービス側で描くゴールは異なっています。娘さんのゴールは「誰が介助しても歩行できるようになるための介助」であり、デイサービスのゴールは「座位姿勢の安定、体力向上を目指す。体圧分散を図る」という目的で捉えられることになるでしょう。皆が同じ目標に向かって進むというケアプランの意義には即しませんが、「Aさんの苦痛を減らしたい」という隠された目的を実現するためには仕方ない。そう考え、ケアマネ自身が気持ちに折り合いをつけた結果のケアプランです。

これは娘さんだけではなく、専門職としての視点と方法を用いて誇りを持ってケアに当たっている介護職員に対する配慮でもあります。そうしないと、娘さんと介護職員の間で意見の衝突が起きかねません。もし意見が衝突してしまったら、娘さんにデイサービスを変えられてしまう可能性があり、いつまでも悪循環を止めることができなくなってしまうのです。

あえてケアプランに載せる家族への敬意

デイサービス側に落ち度がなくても、娘さんの考えひとつで次々と事業所を変更されてしまえば、一番被害を受けるのはAさんではないでしょうか。それを避けるため、ケアプランにはあえてこのように記載します。

“Aさんが戸惑わないように、同じデイサービスを長く利用してもらうことができるようにきめ細やかな介護を行います“

“娘さんの長年の介護の方法を参考にし、Aさんにとって苦痛がないような介護を目指します“

これは1表の総合的な援助方針の欄でも構わないので、「事業所が努力します」という体裁で載せることにします。ケアマネは、このような言い回しで記載する旨の相談、説明、理解を求めることを、デイサービス側に事前にお願いしておくのです。そうすれば、娘さんの不満も生じにくくなるでしょう。

最後に

排泄に関しても、娘さんは「母は尿意があるので、自宅では必ずポータブルトイレに介助して排泄している。失禁をしない」とおっしゃいます。しかし、ケアマネもデイサービスの職員も、Aさん宅の廊下の隅や勝手口に置かれた汚れた排泄パットやリハビリパンツを何度も目にしています。排泄に関する娘さんの要望は「デイサービスではトイレ誘導をする」ことです。しかし実際には便座では座位を取れず、尿意・便意もありません。そのため、歩行のときと同じように言い回しを工夫しつつ、娘さんと介護する側のゴールが違うケアプランが完成したのです。

「それは違う」と、真っ向から娘さんに説明した方が良いのかもしれません。しかしAさんのためにも、ここでまたケアマネが変わる事態は避けることも賢明ではないでしょうか。

娘さんは長年、自宅で母親が要介護5になるまで全力で介護してきました。その努力は想像すら容易にできることではなく、敬意に値する行為です。娘さんの「自分が母の認知症を治すんだ」という強い決意に反して認知症が進行してしまった現実を、なかなか受け入れることができなかったのかもしれません。

Aさんのケアプランには表と裏があり、いわゆる良いプランとは言えないかもしれません。しかし「Aさんに苦痛が生じない毎日を実現する」の一点のみを考えると、大義では最終的に皆が納得できるものとなっていると信じています。

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