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通うこと自体が目的になっていませんか?〜認知症の方のデイサービス利用〜

2018-06-14

身近な病気の一つとして広く知られるようになった認知症。同時に、介護保険サービスの利用も特別なことではない世の中になり、デイサービスに通う認知症患者も少なくありません。ある認知症の方をデイサービス利用に導いたとき、利用目的が利用者本人にとってどのような意義を持つのか。このことについて考えさえられたケースを、今回はご紹介します。

デイサービス利用で認知症の進行を止めたい息子さん

アルツハイマー型認知症を患っているAさん(66歳・女性)は、県外に住む息子さんの勧めで週1回デイサービスの利用を開始しました。Aさんは夫と2人暮らし。息子さんとしては、父親を毎日の介護から週1回でも解放してあげたいという想いもあります。

Aさんは認知症を発症して以降、家事が一人ではできなくなってしまいました。そのため、介護と家事全般を夫が行っています。家事以外のことならば、Aさんは少しの手助けがあれば自分でできます。しかし、何事にも都度の声がけが必要です。

Aさんがデイサービスに通うきっかけは息子さんの帰省でした。息子さんは認知症と介護保険制度ついて、本やインターネットから多くの知識を得ていました。まず市の包括支援センターに相談に行った息子さんは、「このまま自宅で役割もなく過ごしていると、ますます認知症が進行するのでデイサービスに通って他者交流などの刺激を受け、認知症が進まないようにしたい」と相談。遠く離れていても認知症の母と介護にあたる父を気にかけている息子さんの姿は、「お盆帰省の短い期間に、なんとか介護保険サービス利用までこぎつけないといけない」と周囲に感じさせるものでした。

その後、包括支援センターが介入したこともあり、手続きはスムーズに進みました。地域包括支援センターの職員と居宅ケアマネが同行した初回の自宅訪問。そして、介護保険申請からスピーディな認定調査で一次判定。お盆が終わる頃には、利用するデイサービスの事前面談まで終了したのです。

必要性を強く感じてはいないものの、利用は軌道に乗る

Aさん本人とその夫は、実のところデイサービスに通う必要性を強く感じてはいませんでした。しかし息子さんや地域包括支援センター、ケアマネジャーからの話を受け、デイサービスに行くことを了解。Aさんは「知らない人の中に入るのは不安。誰かにいじめられないかな。恥ずかしいし…」と不安感を口にしていたものの、Aさんの夫は「親孝行息子でありがたい」と言って妻をなだめていました。

こうして、Aさんはデイサービスに通い始めました。最初のうちは「行きたくない」と言って夫がデイサービスに同行していましたが、介護職員がよく関わってくれたこともあり、そのうちにAさんのデイサービス利用は軌道に乗りました。

デイサービスが「安心できる場」から「行きたくない場」に変化

1ヵ月に1回のモニタリング訪問で、Aさんは「デイサービスの人はみんな優しいから安心して行く」と話してくれるようになりました。夫も「いじめる人もいないと分かったみたいだ」と、ホッとした表情です。認知症を患っている方にとって不安がないことは良いことだと、ケアマネジャーも安心していました。

ところが、デイサービスの利用を開始して2年目のこと。Aさんは「絶対にデイサービスには行かない」と言って、利用日の朝になると自宅で泣き叫ぶようになったのでした。夫は困惑し、「行かないとダメだ、何で行かないのだ」と大きな声を出してしまいます。ケアマネジャーがデイサービスの利用日に自宅へ行って送り出しを何度か試みましたが、夫としては「そんなに優しい言葉でだましたりすかしたりしてまで、デイサービスに行かせなくても俺はいいと思う。それに、毎回嫌がる姿を見てだますようにして送り出すのは俺にはできない」と言うのでした。

デイサービスに行きたくない理由は?

なぜ、Aさんはデイサービスの利用を急に拒むようになったのか。認知症が進行して精神面が不安定だからかと言えば、そうではありません。今の時代「認知症だから仕方ない」と結論付けるだけでは、支援者として不足でしょう。ケアマネジャーは、「なぜ行きたくないのか、そもそもAさんにとって不安を生じる原因になり得ることは何か」と分析しました。

遡ること2年前。思い出してみると、Aさんは「知らない人」「いじめられる」「恥ずかしい」といった言葉を発しており、Aさんの夫もそれらしいことを言っていました。そこでAさんの夫に昔の話を聞いてみると、新たな事実が分かったのです。

Aさんの物忘れが始まった頃、町内で会合がありました。Aさんは夫と共に参加。あまりにAさんから聞き返しが多いこと、また話す内容のつじつまが合わないことをその場にいた近所の人たちが察し、冗談めかしてからかったのだそうです。するとAさんは泣き出してしまい、驚いた夫が家に連れ帰ったとのこと。その後、しばらくしてAさんはアルツハイマー病の診断を受けるに至ったのですが、そのような背景から近所との関りは途絶している状態なのでした。

夫は「近所の人たちは、面白半分で本人を試すような質問をわざとするから嫌いだ」と言い、Aさん自身も「近所にいじわるな人たちがいるから家の外に出たくない」と話します。

介護職員の顔ぶれが変わったデイサービス

このエピソードを踏まえて、デイサービスで何かあったのか確認してみました。しかし、取り立ててAさんを取り巻く事件や出来事があったということではありません。

その中で、介護職員の入れ替えがあり、職員の顔ぶれが変わってしまったことがわかりました。新たに関わるようになった介護職員の一人がAさんと年の近い年配の方で、Aさんに対して親しげな雰囲気でよく話しかけてくれます。方言も使うし、地元の話をもよく知っています。Aさんの近所の話も、親しみを込めてよく話題にしてきたそうです。

しかしAさんにとっては、それが苦痛な様子でした。よくよく話を聞くと、「知っている人がいるところには行きたくない」と言って、デイサービスの日の朝になると泣いてしまうのだそうです。近所の話や同年代の自分のことを知っていそうな雰囲気に、嫌な思い出が蘇っているようでした。

息子さんの思い〜デイサービスをやめてしまったら大変〜

デイサービスを休むことが続いたので、ケアマネジャーは経緯を息子さんに説明しました。息子さんは、「デイサービスをやめてしまうと認知症が進行するから、他のデイサービスを利用できるように調整してほしい」と言います。しかし、今度はAさんの夫がこう言って強く反対しました。

「心配してくれる気持ちはありがたいが、本人は家に居たいと言う。それに、デイに行くか行かないかのやり取りで、朝から夫婦喧嘩になってしまう。デイサービスを休んでいるからと言って、前に比べて困ったことは一つも起きていない。むしろ、ゆっくり自分たちのペースで過ごすことができているから心配しないでほしい」

ケアマネジャーとしても、主治医の話や検査結果、周辺症状の出現の有無など、総合的に判断して、デイサービスに行くことで特にメリットがあるとは考えませんでした。むしろデイサービスを休むようになってから、Aさんもその夫も安堵した様子であると見受けられたのです。

息子さんはなかなか納得できない様子で、日に何度もケアマネジャーに電話やメールをくれます。しかし、「認知症を患っている方にとって、不安や嫌な想いを抱くことこそが好ましくない」という主旨を説明しました。そして、デイサービスに通わなくなってしまったことで何か悪い変化が起きないか週1回は訪問して報告し、時にはAさんとその夫の日常の様子の画像をメールで送信。そして、ようやく安心してもらうことができました。

まとめ

認知症の方に対する適切な対応は、今や厚生労働省からも示されているほどです。しかし、いくら声がけや支援方針がマニュアル通りでも、本人にとって嫌な思いが払拭できない事情があれば、効果をなさないでしょう。

認知症は治らない病気であり、徐々に記憶は失われ、新たな記憶をとどめることも難しいことです。しかし私の少ない経験の中でも、嫌なことや不安な思いより安心感や楽しいと感じる体験が勝ったとき、その記憶は最近のことでさえよく覚えているケースが確かにあります。

デイサービス利用のはじまりが認知症患者にとってメリットがあったとしても、いつの間にかデイサービスに行くこと自体が目的になってしまわないよう、気を付けなければいけません。

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