高齢者にとって転倒は骨折を招くだけでなく、要介護状態の悪化や生命予後にまで関わります。そのため、介護現場で転倒を予防することは重要な課題です。今回は転倒予防に必要な知識をおさらいしつつ、介護施設における実践例についてご紹介します。
転倒に対する基礎的な知識として、転倒によって何が引き起こされるのかを知っておきましょう。転倒に骨折や頭部外傷といった怪我を引き起こすリスクがあることは、よく知られています。これらの怪我は介護施設に入居する高齢者になると、より発生のリスクが高まるでしょう。
しかし高齢者が転倒すると、怪我だけでなく、介護度の悪化や寿命にも影響を及ぼすと言われています。厚生労働省の調査によると、要介護の原因として骨折・転倒は4位。介護度の悪化に大きな影響を及ぼす一因となっているのです。
また、2016年に厚生労働省が発表した人口動態調査では、日本人の事故死として転倒や転落は窒息死についで2位となっています。さらに驚くべきことに、「同一平面上の転倒」に限定しても交通事故よりも件数が多く、いかに転倒が生命に関わっているかが分かる結果となっています。
転倒の原因を知ることが、転倒対策の近道といっても過言ではありません。転倒の原因を大きく分けると、内的要因と外的要因の二つに分けることができます。
内的要因とは、自身の体の状態のことです。例えば、病気による症状や筋力やバランスの低下、薬の服薬などが挙げられます。一方で外的要因は、環境状態によるもの。段差の有無や床の状態、履き物、照明などがあるでしょう。
内的要因の中でも意外なものとしては、「今まで転倒したことがあるか」という転倒歴の有無があります。転倒歴があると、転倒による恐怖心や周囲の過剰な制限によって活動量の低下を招き、体の機能が低下して再転倒を招くという悪循環に陥ることがあります。このことを考えると、私たち介護従事者による過剰な活動制限は、転倒リスクを高める外的要因となり得るのです。
また、施設では薬剤による転倒も少なくありません。高齢者にありがちな必要以上の薬の服用は、転倒リスクを高める要因です。
このように、転倒はさまざまな要因から引き起こされます。意外な点が原因となっていることもあるので、しっかり理解して原因を把握するようにしましょう。
転倒予防には、短期的対策と長期的対策の両方を行う必要があります。私の勤務先である施設での例を挙げると、レビー小体型認知症の利用者さんに抗精神病薬が処方されており、過鎮静が生じた結果、転倒してしまったケースがありました。この場合、すぐに薬の内容を見直して対策を講じたことにより、その後の転倒リスクを減らすことができています。
もう一つ、転倒を繰り返していた利用者さんに、一年間、通所リハビリで筋力トレーニングを実践してもらった例があります。すると、1ヶ月に何回も転倒をしていたのがウソのように、ほとんど転倒をすることがなくなりました。
2つの例を紹介しましたが、前者は短期的な対策、後者は長期的な対策となります。介護現場には多くの利用者さんがおり、対策を実践しようとしても、何から始めればいいのかわからない部分が多いかもしれません。まずは症例検討やカンファレンスを活用し、薬の調整や福祉用具の導入、環境整備、介護方法の変更など、すぐにできそうな対策を立ててみてはいかがでしょうか。
また長期的な対策としては、筋力やバランスの低下を防ぐような予防トレーニングの実践、あるいは、転倒予防の研修を職員で行うといったこともできるでしょう。
介護施設の転倒予防対策は、原因をしっかり分析することが大前提です。そして、短期的な対策だけでなく長期的な対策も同時に行わなければ、転倒を減らすことはできません。手始めにできることから始めてみることも大切です。何か一つでも構いませんので、ぜひ明日から実践していきましょう。