『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』の著者に聞く、ハラスメント対策のはじめ方

『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』の著者に聞く、ハラスメント対策のはじめ方

近年、ハラスメントに対する社会的な注目は急速に高まっています。2021年度の介護報酬改定に向けて、すべての介護サービス事業者にハラスメント対策を義務付ける運営基準の改正案がまとめられました。介護業界においてもハラスメント対策が急がれます。一方で、「何から手をつけたらよいかわからない」という事業者が多いのも事実。そんな人たちのために、今回の記事では、書籍『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』をご紹介します。著者であり、介護現場を数多く取材してきた介護福祉ライターの宮下公美子さんに、介護業界におけるハラスメント対策の始め方について解説してもらいました。

10年以上前から存在していた、介護ハラスメント問題

私が介護業界にハラスメント問題が存在すると認識したのは、今から10年以上前に遡ります。当時はまだ、社会全体のハラスメント問題に対する意識は、今ほど高くありませんでした。また介護業界では、「この問題が世間に広まってしまったら、介護業界で働きたいと思う人が減ってしまう」という考え方もあり、被害の実態を直視しようとしない事業者も多数ありました。

しかし近年、社会のハラスメントに対する目線は、非常に厳しくなってきています。アメリカの「#MeToo運動」に端を発し、日本でもメディアやスポーツ界などでさまざまな方が声を上げ始めたことにより、世の中の状況が変わり、ハラスメント問題についてオープンに議論できる時代がようやく訪れたのです。

そんな中、UAゼンセン日本介護クラフトユニオンは2018年、「ご利用者・ご家族からのハラスメントに関するアンケート」を実施しました。その結果、介護現場で起きているハラスメントの実態が、始めて明らかされたのです。回答者の約7割がハラスメント経験者であり、フリーアンサー欄には、たくさんの読むに耐えないような被害の経験が書き込まれていました。

この調査結果を受けて、厚生労働省は、『介護現場におけるハラスメント対策マニュアル』や、研修の手引を作成。現在もさまざまなハラスメント対策事業を展開しています。

こうした社会の流れの中において、介護事業者はもはや、ハラスメント問題から目を背け続けることはできません。ハラスメントに対する正しい考え方を知り、職員を守るために、まず何から始めたらいいのかを本書で知っていただければと思います。

「相談しても無駄」と職員に思わせないために

ハラスメントを受けたことについて管理職に相談しても、「自分で何とかしてよ」「プロなんだからそれぐらい我慢して」と一蹴されてしまう……。これまでの介護現場では、ハラスメント問題への対応が現場に押し付けられてしまうケースが非常に多くありました。

何度か訴えても聞いてもらえなければ、「言っても無駄だ」「どうせ変わらない」と無力感を抱き、誰にも相談しなくなってしまいます。そうした経験を重ねるうちに、職員が離職を考えるようになるのは、想像に難くありません。

そうした事態に陥らないように、管理者は職員の訴えをしっかりと聞く耳を持たなくてはなりません。ベテランである管理者にとっては、職員の訴えは些細なことに聞こえるかもしれませんし、職員の側に落ち度があるのでは、と感じることもあるかもしれません。それでも相談を受けたら、「そんな思いをしたんだ、大変だったね」という第一声で受け止める。この姿勢の有無は、ハラスメントの初期対応として非常に大切なポイントです。

こうした対応を管理職が自然とできる職場をつくるためには、ハラスメント問題に事業者として取り組む姿勢を明確にすることが欠かせません。

もし、今までこれといったハラスメント対策を講じてこなかったのなら、まずは介護ハラスメントに対する基本方針を策定することから始めましょう。本書の第4章 第二節「法人の組織としての事前対策」では、実例を交えながら、基本方針の重要性や、策定時に留意すべきポイント、方針策定後に取り組むべき対策、ハラスメントが起きにくい職場作りのポイントなどについて詳しく取り上げているので、ぜひご参照ください。

サービスレベルが不十分だから、「ハラスメントは仕方ない」?

ハラスメント対策に積極的な対策を講じてこなかった事業者の中には、「自分たちのサービスレベルが十分な水準に達していなので、ハラスメント行為があっても仕方がない」という考えが背景にあるケースも見受けられました。しかし、よく考えてみてください。それはおかしな話です。

暴言や暴力行為などが、私たちの日常の対人関係の中で起きたらどのように感じるでしょうか。通常の人間関係に置き換えて考えたら、すぐに解決に向けて動かなければならない事態のはず。それなのに、「支援対象者のしたことだから」というバイアスによって、自分たちだけが我慢しなければならないと思い込んでしまっているのです。

問題が発生した際に、自分たちが我慢するべきことなのか、ハラスメントとして対処するべきことなのか迷ったら、「通常の人間関係の中で起こり得ることなのか」という視点から、その事態を捉え直してみることをお勧めします。

そもそも適切な介護サービスとは、提供者と利用者、お互いの信頼関係があって初めて成り立つものです。提供者だけが一方的に我慢をするのではなく、利用者やその家族と正面から向き合い、信頼関係を築く努力が必要なのです。

アセスメントの徹底が、ハラスメント防止につながる

介護ハラスメントについてセミナーでお話しすると、「●●●のような場合はどう対応するのが適切でしょうか?」といった具体的なケースについての質問を受けることがあります。

現場で発生した難しい問題に対して、対症療法的な正解を求めてしまう気持ちはわかります。ただ、利用者や職員の性格、関係性などによって適切な対応は異なるため、どの場合にも通用する唯一の正解を示すことはできません。マニュアル的な対応は難しい問題だと知ることが、介護ハラスメント対策の第一歩です。

その上で、介護現場で働く皆さんには、アセスメントの重要性を改めて理解していただきたいと思います。アセスメントが不十分であるために、十分なサービスが行き届いておらず、ハラスメントにつながったと考えられるケースが多く見られるからです(アセスメントについては、本書の第4章で詳しく説明しています)。

信頼関係の構築と、十分なアセスメントによる利用者理解。この2つに取り組み、サービス提供を行うことが、ハラスメントの予防につながります。

アセスメントで大切なのは、病気やADLなどの情報だけではなく、生活歴に基づいた「その人らしさ」や「個別性」に関する情報をどんどん補足していくこと。「元漁師であり、今も早朝3時に起床する習慣が抜けない」「有名和食店の板長を務めていたために食に対するこだわりが非常に強い」というような情報が集まれば、本人にとって望ましい介護を考えていくための材料になります。

そうした細かな情報を日々蓄積していけるように、複数の職員が気づきを書き込めるシートを準備し、ケアのあり方の見直しを重ねている事業者もいます。また、厚生労働省の作成した手引きに基づく研修を実施するなどして、現場でのハラスメント問題、対応への意識を高めていくことも有効です。

それでも、介護ハラスメントの発生を完全に抑えるのは、難しいことです。私が過去に取材してきた中で、ハラスメントが全く起きていない事業者はありませんでした。しかし、発生段階で職員や利用者、ご家族と対話しながら丁寧に対応し、大きなトラブルに発展するのを事前に防ぐことに成功している事業者は確かに存在します。

ハラスメントができるだけ起きない、もし起きてしまった場合でも職員をしっかりと守れる職場づくりに向けて、本書をぜひお役立てください。

プロフィール:宮下 公美子

高齢者介護を中心に、地域づくり、認知症ケア、介護現場でのハラスメント等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材活動をしつつ、社会福祉士として認知症を持つ高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士、また、某市の介護保険運営協議会委員も務める。早稲田大学第一文学部日本文学専攻卒業。東京女子大学大学院文学研究科心理学専攻臨床心理学分野修了。

取材・文/一本麻衣

書籍情報

『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』
著者:宮下 公美子
出版社:日本法令
発売日:2020年9月17日
定価:2700円+税

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